2026.05.29
2026.05.29 更新

AIと「人間のひらめき」― 創造性を拓く、これからの研究環境とは─【後編】

TOP_後編
パートナーズの皆さまと私たちシックスハンドレッドホールディングスが、ともに研究環境の新しい未来を作っていくための学びの場として、定期的に開催しているスキリングイベント「PARTNERs LEARNING」。

15回目を迎えた2025年12月11日のイベントでは、第2回にもご登壇いただいた、脳研究の第一人者であり東京大学薬学部教授の池谷 裕二さんを再びお迎えし「AIと人間のひらめき ― 創造性を拓く、これからの研究環境とは」をテーマに、イベント前半は池谷さんによる単独講演、後半は当社代表・林との対談が行われ、加速するAI活用と、その先にある「人間にしかできない創造性」について、極めて深い議論が交わされました。

本コラムは、当日イベントに参加できなかった方や、参加後に改めて内容を整理したい方、また今回のテーマに興味を持っていただいたすべての方を対象に、当日のリアルな熱量と対談内容を凝縮してお届けします。

前編の様子

【前編】池谷 裕二さんによる単独講演はこちら
AIと「人間のひらめき」― 創造性を拓く、これからの研究環境とは─




ゲストの池谷裕二さんによる講演をお届けした前編に続き後編では、イベント後半に行われた池谷さんと当社代表 林との対談内容と、参加者からの質問について、具体的なエピソードを交えながら深堀りしていきます。




AI時代、人間は努力し続けなければならない



林:池谷さん、本日は改めてよろしくお願いします。第2回の当イベントにお越しいただいてから2年余りが経過して、AIはさらに進化しました。社会では「AIが仕事を奪うのではないか」という脅威論もありますが、池谷さんは以前、日本はAI活用によって勝機があると仰っています。経営者として感じるのも、最後はやはり「センス」が物を言うということです。そして、センスとは生まれ持ったものではなく、どれだけ多くの情報に触れ、最終判断を下してきたかの蓄積だと思うのですが、AIの提案を選択する側として、私たちは努力し続けなければいけないわけですね。



池谷さん:まさに仰る通りです。私たちは決してうかうかしていられない。自分の脳をどこまで鍛えられるかが、今後の勝負どころになるでしょう。



林:私たちはモノづくりを通じて、いかに相手の心を動かすかを大切にしています。池谷さんのお話を伺うまでは、AIは人の感情を理解できても「感情は揺さぶれない」と考えていたのですが、意外に結構できるんですね。



池谷さん:確かに、長年の付き合いや「この人が好きだから買う」といった情緒的な商談は、まだAIには難しい領域です。しかし、初対面の相手を説得したり、政治的な信条を変えさせたりする能力については、実はAIの方が人間より長けているという研究結果が出ています。質問に対してAIは迷うことなく、膨大なエビデンスを即座にリスト化できます。そして人間は感情に訴えられる以上に、論理的で圧倒的なデータを示されることに弱い。もしかしたら、人間の弱点を十分に把握しているのかもしれませんね。



AIには代替できない人間の「身体性」



林:では、私たちはどう対抗し、価値を見出していくべきでしょうか。以前、チェロ奏者のヨーヨー・マさんの演奏を目の前で聴く機会がありました。その圧倒的な音圧とフィジカルな表現、醸し出される雰囲気に涙が止まらない体験をしましたが、こうした「物語」や「ムード」を伴うセルフブランディングが、これからの人間には必要なのでしょうか。


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池谷さん:まさに「主観的な体験」こそが重要です。実際にオーケストラを使った実験があるのですが、ライブ演奏を「目を開けて見ている時」と「目を閉じて聴いている時」では、脳の活性化が全く異なるということが分かっています。目の前で肉体を使って魂を込めている姿を見るからこそ、深い感動が生まれるんですね。これはAIでは不可能です。



林:ですが今後、自ら判断して動く「フィジカルAI」やロボットが登場したら、その領域も凌駕されるのではないでしょうか。



池谷さん:ロボットがどこまで精巧になっても、人間の「身体性」には及びません。人間の身体には1,000万本もの神経が巡らされていますが、現在の材料工学でこれほどの配線をアンドロイドに施すのは不可能です。例えば、苦しんでいる患者さんの手をそっと握るという行為には鎮痛の効果があるなど、人間が勝る理由は科学的にも解明されています。



林:どんなに優秀なアンドロイドができても、人間には敵わないと。



池谷さん:はい。肌の質感や体温、場を共有している感覚、および触れられたことで相手の神経を活性化させるといったことを含め、全てにおいてですね。こうした肉体を介したやり取りは、ロボットでは代替できない人間の聖域だと言えます。



林:もう一つ興味深いのが、AIがすでに直感を使えるようになっているということです。例えば山中教授がiPS細胞を見出したことや、あるいは鬼滅の刃の「虫の声」とか、そういったこともAIができるようになるでしょうか。



池谷さん:どうでしょうか。AIには「主観」が一切ない。そもそも「心」もありません。そういったタイプの直感について比較すると、やはり人間の方が有利だと思います。




日本のAI活用はなぜ遅れているのか



林:日本人は「虫の声」を愛でるような繊細な感性や、根回し、空気を読むといった「暗黙知」を大切にします。これが生産性を下げている側面もあるかもしれませんが、AIには難しい部分ですよね。日本人はそこで安心してしまいそうですが、気になるのは、日本のAI利用率の順位が世界的に下がっているというデータです。日本人はAIを信用していないのでしょうか。



池谷さん:本来、日本はドラえもんなどのアニメ文化を通じて、AIに親和性があるはずです。利用順位が下がっているのは、日本が使わなくなったというよりも、リソースの少ない国々が飛躍のためにAIを猛烈に使い始め、相対的に順位が入れ替わったためでしょう。ただ私は、日本こそもっと活用すべきだと考えています。



林:海外の企業を見渡すと、特に欧米ではAI導入を理由にしたリストラも進んでいます。日本とはさらに生産性の格差が広がってしまう気がするんですが、どうお考えですか。



池谷さん:ちょっと分からないですね。ただ、欧米のリストラについては興味深い見方があります。実は「能力不足」で解雇する場合でも、AIを理由にした方が角が立たず、丸く収めるための口実に使われている側面があるようです。本人が「AIに仕事を奪われた」と信じ込んで発信するため、その言説だけが一人歩きしていますが、本質的には能力の問題であることが多いのです。



林:なるほど。では、営業職などはどうでしょうか。商材によってはAIエージェントによる購買完結が進む気がしますが。



池谷さん:既に買うものが決まっている領域については、AIに置き換わるでしょう。今のAIエージェントは精度が低く、違うものを購入してしまうことがありますが、あと数年で置き換わる可能性は高いです。しかし、複雑な駆け引きが必要な領域は、やはり人間が介在し続けるはずです。私たちは、ただ安いという理由だけで購入するわけではありませんし、そこに物語や付随する価値はやはり欲しいですね。


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AIで働き方は激変するが、最終判断は「人間」



林:私たちも「AIエージェントから見てWebサイトがどのように捉えられているのか」という視点で見直そうとしているところです。そんな形で、営業の手法も変わっていくでしょう。同じように、研究環境やデザインの現場も変わっていくのでしょうか。



池谷さん:そうですね。私たちの研究室では、AIはすでに必要不可欠なものになっていて、研究の方向性やデザインの相談、欠けている視点の指摘など、当たり前のように利用していますね。論文の執筆や、それに必要な情報収集にもAIを使います。私自身、世界中の論文をAIに集めてもらい、寝ている間に数万件の中から重要なものを抽出させ、朝の車中でその要約を音声で聴きながら出勤しています。日本語に翻訳もしてくれますし、本当に楽になりましたね。



林:かつて若手が担っていた情報収集の役割が、完全にAIに置き換わっているのですね。



池谷さん:ここ2〜3年で、指導方法もガラリと変わりました。もはや人間に向けて論文を書く時代は終わりつつあります。AIが要約しやすい構成で書かなければ、誰にも読まれない。それによって論文1本あたりの手間は、以前よりも逆に増えています。



林:創薬の現場など、実体験を伴う「フィジカルな実験」は無くなるでしょうか。コンピュータを使った計算科学、いわゆる「ドライラボ」といったエリアはまだまだ少ない印象ですが。



池谷さん:提案はAIがしてくれますが、本当にその薬が効くかどうかは人間が実験しなければならない。まだAIも完璧ではありません。人が何十万通りもの化合物をスクリーニングしていくような古典的な手法の方が成果が出るなど、こういった部分は人の手が残るでしょう。



林:なるほど。



池谷さん:実際に先月サイエンスに出た論文では、AIが「教授」で人間が「学生」のような関係になりつつあることが示されています。AIが新しい化合物を提案し、人間がそれを実際に試してデータをフィードバックする。さらにAIは、自分のデータベースを補強するために「この情報を確認するための実験をしておいて」と人間に指示を出すようにさえなっています。もはや頭脳はAIで、人間は検証を担当する役割です。



林:最近ですと「AI社長」など耳にしますが、結局のところ判断するのは人間なんですね。



池谷さん:例えば、開発した薬をマーケットに投下する際には「儲かるかどうか」あるいは「助かる人がどれだけいるのか」など、いろんな判断材料があるわけです。それは今のところ、人間の仕事です。実際に責任を取るのは、提案を採用するかどうかを決める人間なので。AIは提案はしてくれるものの、採用権はない。政治や裁判、経営といった判断も同様でしょう。




突き抜けたイノベーションは人間にしか作れない



林:私も経営判断やクリエイティブを決断する時など、AIとキャッチボールしながら進めますが、あえてAIの提案と違う方を選んで、それが意外にハマることがあります。AIの提案にはどこか「見たことがある」という既視感や常識の枠を感じますね。私は常識から少し外れたところに人は心が動かされるのではと考え、試行錯誤していますが、AIはそこにも追いつきますか。



池谷さん:先ほど「今持っている知識を超えて未知のアイデアを引き出してくるのは、人間よりAIの方が圧倒的に強い」という今年の論文を紹介しましたが、実は続きがあります。さらにもっと外れた領域になると、逆転して人間の方が強くなる。つまり、世界がひっくり返るようなイノベーションや新しいアートなどは、まだまだ人間じゃないと作れないようです。


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林:どういうことでしょうか。



池谷さん:実はAIの発想力は、人間側が意図的に抑え込んでいる側面があります。AIの学習過程で「役に立つか」を重視しすぎた結果、99%のゴミの中に1つの宝石があるような、突拍子もないアイデアを、AIが自ら切り捨ててしまうようトレーニングされている。100回のうち1回しかまともな答えが返ってこないAIなんて、使いたくないですよね。要するに、人間がAIの可能性を摘み取っているというわけです。



林:工夫してプロンプトを書いても、そういったアウトプットは出ないでしょうね。それもいつか、ブレイクスルーが起こりそうですけど。



池谷さん:そうですね。AI同士で評価させ、人間が介在しない環境で試行錯誤させれば、ノーベル賞級のイノベーションをAIが生む可能性は十分にあります。日本では実際に、そんなプロジェクトが動いていますよ。



林:ヨーゼフ・シュンペーターが言うように、イノベーションとは異分野同士の新結合であると。私も常に思考を重ねていますが、それもAIができるようになると、経営者は不要になってしまいますね。



池谷さん:人間は頭の中でいろいろと試している。それを AIにどこまで許すか。人間が寛容になれば、そのあたりも負けてしまうと思います。



林:そうですね。私は場づくりや空間づくりにおいて「余白」や「ズレ」を大切にしています。それらの中に新しいものがあると日々思考していますが、それもAIはできそうですね。



池谷さん:ところが、そうでもなさそうで。講演の中で流したジャズは「Suno(スーノ)」というAI作曲サービスのものです。「ビル・エバンス風の曲を作って」と指示すると、10秒くらいで8時間分出てくる。それを1日中流してみましたが、結局飽きてしまって本物に戻るんです。小説なんかも、それっぽいものが出力されますが、やはり本物とは違ってモノマネみたいな感じで。



林:イノベーションやひらめきは、そういった揺らぎやズレ、すなわち「失敗」から生まれるものが多いと。クリエイターは、そこに勝機を見出せそうです。



池谷さん:別の論文に、AIと教育に関する話が載っていましたが、アメリカにAIと一緒に勉強する学校があるんですよ。AIとの学習は非常に心地よく、モチベーションも高まりますが、最終的な学力は対面教育と変わらなかったそうです。私たちは心地よければいいわけではなく、時には叱られたり、嫌な思いをしたりする「ゴツゴツした不快な感覚」が必要なんでしょう。



林:AIが作る音楽に足りないのは、その「ゴツゴツ感」かもしれませんね。



池谷さん:完璧すぎる美しさよりも、揺らぎや偶然のノイズがあるからこそ、私たちは心地よいものに価値を見出すのでしょう。AIもわざと「乱数」を入れて偶然性を演出していますが、これは複数の選択肢から1つを選びたいからで、確実性が重視される医療診断は別として、毎回同じ出力なら使い物になりません。人間もまた、じゃんけんの手などは脳内の揺らぎを増幅しながら決めているんですよ。



林:人間の脳で起きる「偶然」の中にこそ、ひらめきが隠されているのかもしれませんね。


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質疑応答



<ここからは、参加者からの質問を交えながら対談を続けます>



Q1:研究現場でAI活用が進む現在においても、池谷さんのラボにおいてあえて守り続けているアナログな習慣はありますか。



池谷さん:原著論文を1日1本、必ず読む習慣を課しています。AIは楽をするためではなく、自分の理解を深めるための助力として使うべきで、そこが守るべきルールですね。



林:アナログな感情の共有は、やはり大切ですよね。



池谷さん:そうですね。あとは、報告・連絡・相談といった「報連相」も、組織として不可欠な人間的習慣として守らせていますね。



Q2:AIが多くの業務を代行する時代において、人間はどのような瞬間に「やりがい」や「生き甲斐」を見出すようになると考えられますか。



池谷さん:私は、自分の身体と脳を使った「主体性」を感じる時だと思います。効率を求めてAIに代行させて楽をしても、そこに達成感や生き甲斐は生まれません。



林:AIは常識的ですけど、失敗したり、常識から外れたことが上手くいったりした時に、自由ややりがいを感じますよね。



池谷さん:そうですね。AIの仕事に感心はしても、心の底から共感することはありません。不便さや揺らぎの中にこそ、自分のエージェント感がほしいというわけです。



Q3:AIへの依存度が高まることで、人間の脳の「創造性回路」が働きにくくなる可能性はありますか。



池谷さん:丸投げする「悪い依存」をすれば思考停止を招きますが、私は創造性を高める道具として使うなら短絡的に能力が落ちるとは思いません。AIのアウトプットに対して、優れたセンスや感覚が必要だという意味においても。そうなる人は、AIがなくても脳をうまく使えていない可能性があります。



林:単なる作業代行では、AIに置き換わる人材になってしまいますね。



池谷さん:そうですね。蓄積した知識を通して、自らの感覚で「選ぶ」ことこそが、人間にしかできない個性の発揮どころだと思っています。


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Q4:理化学商社の営業職の方からの質問です。研究支援の現場において、AIに置き換わるものとそうならないものについて、池谷さんのイメージをお聞かせください。



池谷さん:会計システム周り、特に伝票や紙ベースの仕事は完全にデジタル化すべきです。一方で「何かいいものはある?」といった直接的な相談や、頼み・頼まれる人間同士のコミュニケーションは、検索でもいいのですが私は好きで、今後も生き甲斐として残り続けてほしいですね。



林:日本人は、心の機微や動きを察しながらコミュニケーションを取るのを非常に大事にする傾向があって、なかなか「全てAIに置き換えよう」とはならないのだと思います。



池谷さん:あと、社員を簡単にリストラできないので「どう折り合いをつけて、一緒に上手くやっていこうか」といったことを、もともと考える癖がついているんでしょう。



林:でも、そこでフィジカルAIのような、人間に近いロボットが登場するようになったら、ドラえもんのように日本人も共鳴し始めるかもしれませんね。



池谷さん:その可能性はありますね。人型でなくとも心を見出す「イライザ効果*」は、AIやロボットを社会の一員に迎えるうえで、建設的なダイバーシティの礎になると私は思っています。



*イライザ効果(ELIZA effect):人間がコンピュータやAIの応答を、実際よりも人間らしく、あるいは知性や感情を持っていると錯覚してしまう心理現象。



Q5:AIやロボットによりルーティン的な研究業務が自動化される中で、これからの研究者に求められる資質やスキルは何でしょうか。AIが出した結果を解釈し、新しいひらめきに繋げる「アイデア力」こそが人間の役割になると考えられますが、池谷さんの見解を伺いたいです。



池谷さん:私もそうあって欲しいと思っていますが、最近は科学に「人間の理解」は不要という考えも広まっています。AlphaFold*のノーベル賞受賞は、理屈が不明でも役立つなら科学として認めるという宣言で、今までとは明らかに異なる動きです。人間の理解という制約を外すことで、科学はより進化していくとも言われています。



林:人間がAIの指示に従い「動く手」になる未来ですね。



池谷さん:実際に、私たちのラボでもそうなってきています。AIが論文を読み、発表も行う時代、人間に求められるのは、手先の器用さを活かした高度な「オペ」や臨機応変な対応力かもしれません。



*AlphaFoldは、タンパク質の構造予測を実行するGoogleのDeepMindによって開発された人工知能プログラム。




Q6:脳科学の視点から、新しいアイデアや「ひらめき」が最も生まれやすい研究環境を科学的に設計することは可能でしょうか。



林:これ、私の質問ですね(笑)。



池谷さん:ひらめきは、本日のテーマですね。完全な再現は難しいですが、確率は上げられます。例えば、宋の欧陽脩はアイデアを思いつく最適な場所として「馬上・枕上・厠上」を挙げています。この3つに共通するのは「外部情報を遮断して一人でいる時間」ですね。もう一つが、少人数でディスカッションしている時。私はこちらの方がアイデアが出やすい。この2つを自由に行き来できるようなラボ空間が理想です。



林:以前、ノーベル賞15人ぐらい輩出している米ジャネリア・ファーム研究所を視察しましたが、やはりそんな環境になっていますね。ただ、組織に揺らぎや余白を許すっていう文化がないと、結局は活かされないとも感じました。



池谷さん:確かに、日本にはシエスタが根付かないどころか、オフィスで寝ていたら怒られます。でも、脳の仕組みを考えたら本当は違う。脳は仮眠中やアイドリング中に海馬から「リップル波」を出し、情報を整理して着想を生むんです。



林:実際、オフィスにはデスクしかない。余白やズレを感じる場所は用意していましたが、仮眠できるスペースも大事にしないといけませんね。


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Q7:効率化された環境よりも、少しのノイズや偶然の刺激が「ひらめき」を生むと感じていますが、脳科学的な視点からそのメカズムをどう説明できますか。



池谷さん:脳内は常に「揺らぎ」の中にあり、外部からの刺激、つまり「摂動(せつどう)」が加わることで新しい状態空間へ移動し、それが時に「ひらめき」につながります。AIを使ったひらめきの効率化も、私は設計できると思っています。



林:例えば、15秒おきにキーワードを出すような、偶然の刺激を演出する環境設計とか。



池谷さん:そんな感じです。私もPCの壁紙をAIで動的に変えたり、描かせた絵をX(旧Twitter)に投稿したりして、偶然のつながりを楽しんでいます。企業も社員にAIを自由に開放して活用を浸透させるとともに、ビジョンに基づいた主体的な活用を促すべきでしょう。



Q8:科学の歴史において「常識を疑う姿勢」がイノベーションの源泉とされてきましたが、AIが新たな常識となるこれからの時代、研究者は何をどのように疑うべきでしょうか。



池谷さん:私は、あえて「常識を疑う」必要はないと考えています。例えば、アインシュタインの理論も、彼自身にとっては何のイノベーションでもなく、おそらく自然な発想の着地点なんですよ。大切なのは、自分の個性を自覚して、それを伸ばすことです。



林:AI自体がそうであるように、人間側の知識や感情、表現といった「アーカイブ」の豊かさが、個性の源泉になるのですね。



池谷さん:仰る通りです。AIがあるから楽できるというわけではなく、AIがあるからこそ、私たちは自らの脳でより多くの経験を積み、アーカイブを蓄える必要があります。それが問いを立てる力となり、独自の創造性につながっていくわけです。




最後に



林:本日お集まりの皆様の中には「いろんな領域がAIに置き換わっていく中で、人間はもう不要になるのではないか」という不安を抱いて来られた方も多いかもしれません。私自身もそうでしたが、今日のお話を通じて、やはり人間こそがさらに努力を重ねていく必要があると気づかされました。たとえAIが人間を超える時が来たとしても、それぞれが「人間らしさ」をしっかりと持ち続けていれば、私たちは十分に生きていけるはずです。



池谷さん:まさに仰る通りです。人間が「本当の意味での人間らしさ」に対して、もっと自覚的になるべきですね。私たちは「人間らしいところはどこか」と問われると、往々にして「人間らしくない部分」を挙げてしまいがちです。しかし、実際には人間にはもっと素晴らしいところがたくさんある。AIが台頭してきた時代だからこそ、そうした自分たちの良さに気づくことの重要性を、私はより強く感じています。



林:本当にそうですね。例えば、友人と焚き火を囲んでいる時に感じるようなささやかな幸せ、そうした実感を大切にすればいいというか。うまく表現できませんが、私自身もっと頑張らなければならないと改めて思いました。AIに依存する部分はあっても、それ以上に様々な体験を積み重ね、リアルな感情を蓄積していくことが大切で、それらが自分の「物語」や「個性」になっていくのだと、強く感じました。本日は貴重なお話をありがとうございました。


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