「睡眠」と「ひらめき」の関係性―睡眠研究の世界的権威と語る、研究のこれから【後編】

第13回を迎えた2025年8月28日のイベントでは、睡眠研究の世界的権威で、筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構長(IIIS)を務める柳沢正史さんを迎え『「睡眠」と「ひらめき」の関係性―睡眠研究の世界的権威と語る、研究のこれから』をテーマに、イベント前半は柳沢正史さんの講演、後半は当社代表 林との対談が行われました。
本コラムは、当日イベント参加できなかった方や、参加後に改めて内容を整理したい方、また今回のテーマに少しでも興味を持っていただいた方を対象に、当日のリアルな対談内容をお届けします。
【前編】柳沢正史さんによる講演はこちら
「睡眠」と「ひらめき」の関係性―睡眠研究の世界的権威と語る、研究のこれから
ゲストの柳沢正史さんの講演内容をお届けした前編に続き、後編では柳沢正史さんと当社代表 林との対談パートの内容と参加者からの質問について、具体的なエピソードを交えながら深堀していきます。
Contents:目次
アウトリーチ活動する意図
林:短い時間の中でこれだけ多くのインプット、本当にすごいの一言です。改めて考えると、人間は生涯の 3 分の 1 を寝て過ごすわけで、あまりにも自分自身が睡眠に無関心だったと痛感しました。 OECD 諸国の中でも、日本が最も寝ていない国だという事実にも驚きましたし、もっと睡眠について知る必要があると強く思いました。 10 年前に研究所を設計させていただきましたが、柳沢さんはその後、 YouTube やテレビにも積極的に出られて、社会に警鐘を鳴らしておられるように見えました。やはりそういう意図での活動だったのでしょうか。
柳沢さん :そうですね。私は本来、マウスなどを用いた基礎研究が専門で、ずっと実験に没頭してきました。ただ、睡眠について分かってくると、社会の現実とのギャップに愕然として、このままではいけないと強く感じたんです。実は昔からテレビ出演のオファーはあったのですが、全て断っていました。ところが、最初は断るつもりで見た、とある番組の企画書があまりにもひどくて、それを指摘したところ、私の要望通りに一から作り直してくれたんです。若く真面目なディレクターで、これは信頼できると思いました。結果的にその回は大変な反響を得て、やはり多くの人が睡眠に関心を持っているのだと実感しました。その後は制作会社同士のつながりから次々に出演の機会が広がり、今に至っています。
林:なるほど。柳沢さんはそうしたアウトリーチ活動を行いながら研究も続け、しかも会社まで立ち上げていらっしゃる。本当に多方面でご活躍されていて、改めて頭が下がります。
柳沢さん :ありがとうございます。ただ、会社を起こしたといっても、私はファウンダーという立場であって、経営に直接関わっているわけではありません。本職の研究に加え、できる範囲で社会に発信している、というのが正直なところです。
加齢と睡眠の関係
林:先ほどの講演の中で、睡眠のゴールデンタイムの誤解や、加齢によって睡眠が浅くなるのは病気ではなく自然な変化であるといったお話がありました。私自身、最近は夜中に目が覚めてしまうことが増えて、少し不安を感じていたのですが、それを聞いて非常に安心しました。
柳沢さん :それは良かったです。実際、高齢になれば睡眠時間は短くなり、質も浅くなるのが普通です。それなのに、若い頃と同じように 8 時間ぐっすり眠りたいと願って、眠れないことにストレスを感じ、それが不眠症を引き起こしてしまうケースも多いのです。「今の自分に必要な分だけ眠れればいい」と、楽に考えることが大切です。
林:なるほど。睡眠の「量」だけでなく、その時々の身体の状態に合わせた「付き合い方」が重要なんですね。

性別・年代ごとの平均睡眠時間【ドコモ・ヘルスケア調べ】(画像引用元)
なぜ日本人は眠らない?
林:そもそも、なんで日本人って寝ないんでしょうね。
柳沢さん:それは本当に深い疑問で、私はリサーチクエスチョンだと思っています。少なくとも生物学的な理由ではありません。人種差や体質の違いで説明できるものではなく、明らかに社会的な要因なんです。しかも、アジアの中でも日本と韓国くらいが極端に睡眠不足で、中国や台湾ではもっとよく眠っているという統計が出ています。だから、この現象は日本と韓国特有の文化的なものだと思うんです。
林:やはり飲み会じゃないですか。2次会、3次会って続けてやるのは日本と韓国くらいですよね。
柳沢さん:それもありますね。世代の影響もあるかと思っていたんですが、実は違う。昭和の世代だけでなく、今のZ世代も同じように眠ってないですから。最近ではネットで「睡眠キャンセル界隈」なんて言葉まで生まれて、新聞記事にもなりました。忙しさを理由に「睡眠を削ること」が話題になってしまう。これはもう深刻な問題だと思います。
林:成長期でもやはり睡眠は大事ですよね。
柳沢さん:そうなんです。興味深いのは1960年、私の生まれた年ですが、当時の日本人は今より丸々1時間長く眠っていました。それがこの50年間で1時間も短くなってしまった。高度成長期以降、社会の仕組みが変わって、夜の活動が増えたことが影響しているでしょう。
林:今でも「俺、今日寝てないんだ」と自慢げに言ったりしますよね。
柳沢さん:そうですね。日本では「睡眠は可処分所得」という感覚が強い。仕事も趣味も家族との時間も全部やって、残りの時間で眠る、という発想です。でも、ヨーロッパでは「睡眠は住宅ローン」だと考えていて、毎晩決まった時間に必ず寝る。大谷翔平選手と同じで、誘われても「寝る時間だから」と断るのが当たり前なんです。日本人もいずれは、そういった考え方に変えなければならないと思います。

ショートスリーパーに憧れるのは危険
林:Z世代が憧れる「ショートスリーパー」って、なんか30分しか寝ませんっていう方とか、たまに話題になりますよね。
柳沢さん:30分というのはさすがに嘘でしょうね。某有名YouTuberもいますけど、私は信じていません。よく「どうしたらショートスリーパーになれますか」と聞かれますが、あれは遺伝子レベルで決まっている体質なんです。本当に毎晩4〜5時間しか眠らずに平気な人は、数千人に1人というほど稀で、訓練してなれるものではありません。基本的に、大人の平均睡眠時間は7時間前後。標準偏差も±1時間程度なので、大半の人は6〜8時間必要なんです。
林:すると、子どもや若者はもっと寝た方がいいんですか。
柳沢さん:はい。30〜50代の大人で6〜8時間ですが、20代は平均して8時間半くらい必要です。10代の高校生はもっと長くて、8時間半以上が理想です。長く眠っている子の方が成績も良いというデータもあります。ところが塾や予備校で帰宅が夜10時、11時になれば、十分眠れるはずがない。日本の高校生が置かれている状況は本当に憂うべきです。
林:ショートスリーパーに憧れるっていうのも、危ない傾向なんですね。
柳沢さん:非常に危険です。日本の若者特有かもしれませんが、睡眠を削ること自体を美化する風潮は誤解です。深夜にはやりたいことが山ほどあるのでしょうが、結局は健康を削ってしまいます。最近では「タイパ(タイムパフォーマンス)」という言葉が流行っていますが、彼らに言わせると「睡眠が一番タイパの悪い時間」だというんです。大間違いですよ。
林:でも、歴史上の偉人には寝なかった人がいるとも言いますよね。ナポレオンとか。
柳沢さん:調べるとナポレオンもしょっちゅう居眠りしていましたし、馬から落ちたこともあったくらいです。確かに普段の睡眠は短かったのかもしれませんが、無理していたのでしょう。今の日本人と同じで、結局は頑張りすぎていたんです。
林:最近の薬で「眠らない人間」が可能になるのでは、という話も耳にします。
柳沢さん:それも誤解です。薬でできるのは「眠るべき時に眠り」「起きるべき時に起きる」ことを助けるのみ。進化の過程で作られた、人間の睡眠時間のセットポイントそのものを変えることはできませんし、やるべきでもありません。
林:数年前から流行っている、CBD (カンナビジオール)は、睡眠に効きますか?
柳沢さん:カンナビノイドですね。実はまだはっきりしていません。そういったカンナビノイドを作っている会社から、睡眠を客観的にテストしたいといった引き合いはよく来るんですけど。
夜はもっと暗くていい
林:メラトニンの話ですけれども、私も海外出張すると時差ボケがひどくて、メラトニン作動薬を飲んでお酒で寝たりするんですが、全然効かないんですよね。
柳沢さん:それは当然なんです。メラトニンには体内時計をずらす作用がありますが、光に比べればはるかに弱いんです。夜に飲めば体内時計は少し進みますが、せいぜい1~2時間くらいの効果。1日で動かせるのも2時間程度で、10時間以上の時差なら1週間は時差ボケが続くと諦めた方がいいですね。そう簡単にずれないからこそ「時計」なんです。
林:なるほど。やはり光の影響が大きいんですね。
柳沢さん:ええ。質の良い睡眠は朝から始まっていると言ってもいいくらいです。午前中にしっかり明るい環境に身を置く。そして、日が落ちたら強い光を目に入れない。これがとても大切です。日本の住宅やオフィスは本当に明るすぎる。私たちの研究室では手元だけをタスクライトで照らし、部屋全体は落ち着いた照度にしています。その方が夜の作業にも適しているんです。
林:確かに、日本は「明るい=良いこと」という価値観が根強いですよね。
柳沢さん:その通りです。私の仮説ですが、第二次世界大戦中の灯火管制がトラウマになり、暗さを「貧しさ」と結び付ける感覚が世代を超えて残っているのだと思います。その結果「明るさ=豊かさ」という誤解が広まったと。でも実際には、夜はもっと暗くていい。文字が読めれば十分で、50ルクス程度で事足ります。
林:日本家屋の多くは白い壁なので、反射によってさらに拍車をかけていますね。
柳沢さん:あと、暗い環境で生活しても視力は悪くなりません。これは断言します。近視は、近くばかり見ているから起こるんです。遠くを見ることは大事ですが、暗いのは関係ないんですよね。とにかく、リビングの天井にあるような明るいシーリングライトは今すぐ消して、雰囲気のいいレストランのように間接照明を使ってください。それだけでメラトニンの分泌が変わり、睡眠の質も向上します。それに、オフィスや住まいに緑を置くのも効果的です。森の中で暮らしてきた人間にとって、緑を見るだけでリラックスでき、集中力も高まります。
林:なるほど。私たちの仕事環境でも、木材や自然素材を使って光をやわらげる工夫をしているんですが、ぜひそうした要素と睡眠の質を関連付けてデータを取ってみたいですね。
質疑応答
<ここからは、参加者の質問を交えながら対談を続けます>

1:ウェアラブルデバイスを使った睡眠測定にはどの程度の効果や信頼性があるのでしょうか
柳沢さん:ウェアラブルデバイスは、使える面があるものの精度には個人差があって、相性がいい人もいれば悪い人もいるなど、精度の保証がないのが欠点です。ただ、毎晩の計測で長期的なトレンドを可視化できるのは大きなメリットでしょう。ただし、数値にとらわれすぎると「オルソソムニア*」という新しい不眠状態に陥る危険もあるため、注意が必要です。あと、リカバリーウェアなどは科学的根拠が乏しく、寝具や衣類も個人差が大きいので、自分にとって快適なものを選ぶしかないですね。
*オルソソムニア:完璧な睡眠を取らなければならないという強迫観念に囚われ、睡眠アプリなどで睡眠データを過度に気にしすぎるあまり、逆に不眠や睡眠の質を悪化させてしまう状態
2:寝付けない時、お酒を飲んで眠ろうとすることがあります。お酒を睡眠導入剤として使うのは効果的な方法なのでしょうか。また、睡眠に良い種類のお酒が存在するのかも知りたいです
柳沢さん:眠るためのお酒ははっきり言ってNGです。アルコールには急性の催眠作用があるため寝付きやすくなりますが、数時間で目が覚めたり深い眠りが取れなかったりと、その後の睡眠は極めて不安定になります。さらに、代謝産物のアセトアルデヒドが交感神経を刺激して、覚醒作用を示すため逆効果です。どうしてもお酒を飲むなら入眠の3〜4時間前までに、量はいわゆる「ワンポーション(純アルコール20g)」まで。具体的にはワインならグラス2杯、ビールなら500ml、日本酒なら1合ですね。眠れないから飲むのではなく、必要ならオレキシン拮抗薬の方が安全です。睡眠に良いお酒も存在しません。
3:生産性を高める上で、会社として導入が推奨される、睡眠の質を上げる仕組みや福利厚生といった考え方はありますか
柳沢さん:朝型・夜型の体質は遺伝的に決まっていて、年齢によっても変化します。子どもは朝型、思春期から20代は夜型寄り、30代以降は再び朝型に戻る傾向があります。したがって若者に朝活を強制するのは非生産的で、むしろフレックスタイム制など柔軟な勤務形態が有効です。夜型の人を無理に早起きさせると睡眠不足を招きます。また、睡眠時無呼吸などは全く自覚できないので、社員の睡眠状態を一度は可視化することをおすすめします。
■睡眠状態を可視化できる睡眠脳波計測サービス「インソムノグラフ®」
https://www.suimin.co.jp/
睡眠脳波計測サービス「インソムノグラフ®」による測定イメージ(画像引用元)
4:長年IIISの建物で研究されてきて、環境として良かった点や課題は何でしょうか。もし次にIIISのような研究所を新しく作るとしたら、どのような空間や環境にしたいとお考えですか
柳沢さん:冒頭でご紹介した吹き抜け空間のおかげで、研究者同士の心理的・物理的な垣根がなくなって、自然な交流を促す場になっています。異なる階層の学生や研究者が偶然出会って、共同研究が始まるような環境が理想ですね。次に建物を作るとすれば、基本は同じデザインで良いと考えていますが、予算の都合で削った天井裏スペースを取り入れたい。また想定以上に規模が拡大し、現在は約240名が在籍して建物が手狭になっています。もっと余裕を持って建てるべきだったというのも、反省点の1つです。
5:私は販売店の営業職として、柳沢さんが販売店に求める新たなビジネスなど、何かアイデアがあれば教えてください
柳沢さん:販売店がイベントやアウトリーチ企画を担うのも一案ですが、さらに有効なのは事務や総務のアウトソーシングだと思います。現在、国立大学は財政的に厳しく、多くの研究者が事務処理や広報まで抱え込んでいます。私の所属組織は事務部門が比較的整っていますが、多くの研究室では負担が大きいのが現状です。研究者に過度なアウトリーチを求めすぎるのも問題で、本来の研究時間が削られてしまいます。財務、総務、購買、広報などを販売店が支援する仕組みがあれば、多くの研究者に喜ばれるはずです。
6:AIやIoTがさらに進展する10〜20年後、研究環境はどう変わるのでしょうか。柳沢さんの個人的な妄想を、ぜひお聞かせください
柳沢さん:難しい問いですね。生成AIにはハルシネーション(嘘情報)がつきものですが、実はあれは「ひらめき」みたいなもので、実際にそれを利用して科学的な仮説を立てられるという論文も出ています。ただ正直なところ、まだ今の段階では全く役に立ちませんね。時間の問題でしょうけど。むしろ研究者は「良い問い」を見出すような力が、より重要になるでしょう。いくらドライなサイエンスが発展しても、私たちの領域であるライフサイエンスでは、依然として実験室から生まれていくと思います。私自身、オレキシンも偶然の観察や探索研究から発見につなげました。実は、最初の論文では「オレキシン=食欲物質」だと思って書いていますからね。
社会全体としては、日本人一人ひとりが自分の睡眠を可視化し、意識を持っている社会。将来的には、睡眠不足大国を脱していてほしい。私は「失われた30年」は睡眠不足のせいだと思っていますので。特に若い方は、今より30分でも1時間でもいいので、早く寝てみてください。1週間ほど続けてもらうと、昼間のパフォーマンスの違いを実感できると思います。現に慶応大学の調査では、日本の企業を700~800社ほど集めて従業員の平均睡眠時間と各企業の業績を調べたところ、よく眠っている企業の方が経常利益率が高いことが分かりました。因果関係は明確なので、皆さんもしっかり睡眠を取りましょう。
企業単位の睡眠時間と利益率の関係性(画像引用元[pdf])
(注)1分位の睡眠時間が最も短く、5分位が最も長い。
最後に
林:本日も、本当に多くの学びと大きな気づきをいただきました。企業としてやるべきことも見えてきて、例えば、フレックスタイムやスーパーフレックスといった制度を導入することで、生産性向上や社員の多様性尊重につながると感じました。そして何よりも、社員が安心してしっかり眠れている企業が、より成長できるのだと再確認しました。まずは、睡眠を可視化するところから始めたいと思います。
柳沢さん、本日は本当に多忙なところお時間をいただきまして、誠にありがとうございました。
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