クリエイティブのチカラで日本の科学技術を変える-サイエンス×デザインで考える研究支援の新たな可能性【前編】

パートナーズの皆さまと私たちシックスハンドレッドホールディングスグループが共に研究環境の新しい未来を作っていくために、共に学ぶ場として定期的に開催しているラーニングイベント「PARTNERs LEARNING」。
11回目を迎えた2025年2月28日のイベントでは、一般財団法人JR東日本文化創造財団より内田まほろさんをお招きし、「クリエイティブのチカラで日本の科学技術を変える-サイエンス×デザインで考える研究支援の新たな可能性」をテーマに、イベント前半は内田まほろさんの講演、後半は当社代表 林との対談が行われ、研究支援の在り方について深い議論が交わされました。
本コラムは、当日イベントに参加できなかった方や、参加後に改めて内容を整理したい方、また今回のテーマに少しでも興味を持っていただいた方を対象に、当日のリアルな対談内容をお届けします。
前編では、イベント前半に行われた内田まほろさんの講演内容をお届けします。
文化で境界をこえていく
技術と文化のブリッジをどう作るか
皆さん、本日はお招きいただき、ありがとうございます。内田と申します。
私はこれまで、ものづくりを単なる技術として捉えるのではなく、文化やアート、美、さらにはエンターテインメントの視点から紹介し、多くの人にその魅力を伝える活動を続けてきました。グッドデザイン賞の審査員も務めているのですが、以前には、オリエンタル技研さんの研究設備をグッドデザイン賞の「私の一品」で選ばせていただいたというご縁もあります。
今日は特に、営業やマーケティングに携わる皆さんが多いと伺いました。そこで「技術と文化のブリッジをどう作るか」という視点で、お話ししたいと思います。
私は2020年まで、日本科学未来館で展示の企画を担当していました。訪れたことがある方がいらっしゃると嬉しいのですが、LEDパネルを使った大きな地球儀「ジオ・コスモス」やロボット展示など、科学技術をより多くの人々に伝える場づくりを手がけてきました。また、現在は大阪・関西万博で大阪大学の石黒浩教授がプロデュースするパビリオンの企画統括ディレクターとしても関わっており、4月から展示をご覧いただけます。
さらに、科学館やミュージアムの新しい活用方法を模索し、夜にはクラブや音楽会場として活用したり、外交の場として国賓を迎えたりする試みも行ってきました。そして2026年春には、高輪ゲートウェイ駅を中心に開発が進む「TAKANAWA GATEWAY CITY」の文化創造を担うミュージアム「MoN Takanawa: The Museum of Narratives(以下、MoN Takanawa)」を開館予定です。MoN Takanawaでは、日本の伝統文化を未来へつなぐため、伝統芸能、漫画・アニメ、音楽、食などの日本文化に、最新のテクノロジーやエンターテインメント要素を掛け合わせ多様なプログラムを展開していく、新しい形の文化創造・発信の拠点になることをを目指していきます。
キュレーションとは「宝探し」と「自慢」
私は、職業を聞かれたら「キュレーターです」と答えています。皆さんは「キュレーター」という職業に馴染みがないかもしれませんが、この言葉には深い意味があります。
キュレーターの語源はラテン語の「cura(キュア)」と同じで、「手入れをする」「癒す」「治療する」という意味です。もともとは教会で宝物を管理し、守る役割を担っていた人々を指していました。現在では、美術館や博物館で展覧会を企画し、コレクションを管理する専門職を指すのが一般的です。最近は、膨大な情報からいいものをピックアップする「キュレーションメディア」がいろいろと出てきていますが、それらと同じく「編集」という意味も含まれますね。
私はこの仕事を「宝探し」と「自慢」だと考えています。何が未来に残すべき「宝」なのかを見つけること。そして、それらを世の中に広めて「これいいでしょ」と誇らしく伝えること。この二つがキュレーターの大切な役割です。例えば、企業の内部でも「この資料は重要だから保存しよう」「これは不要だから処分しよう」といった選択が日々行われています。国宝や文化財と呼ばれるものも、そうした取捨選択の積み重ねによって残っていくのでしょう。
私は特に、「知」「美」「笑」という三つの要素を大切にしています。知識を深めること、美しさを感じること、そして、エンターテインメントのように楽しむこと。これらが融合した未来を創ることが、私の使命だと考えています。

既存の枠組みを緩めて捻り、広げていく
抽象的な話になりますが、未来を創るためには既存の枠組みを緩め、さらに捻って広げるといった新たな視点で考えます。世の中には企業のルールや国家の制度、理系・文系など、いろんな「枠」が存在しますが、その境界を少しずつ広げて異なる要素を掛け合わせることで、新しい可能性が生まれるのです。
私が日本科学未来館で展示を企画した際も、この発想を取り入れていました。当初、日本科学未来館は「サイエンスとテクノロジーのミュージアム」として運営されており、展示内容も科学技術に特化していました。しかし、未来を考える上で、科学技術だけではなく、アートやデザインも不可欠だと考えて、アートと科学を融合させた企画展を提案しました。当時の館長だった宇宙飛行士の毛利衛さんの賛同も得られて、実現することができました。
その後は展示の枠を館内に留めず、巡回展として海外へ展開したり、伝統文化や食文化、さらには漫画やアニメと科学を結びつけた展覧会を企画したりしました。こうして、サイエンスとアートの融合を広げるだけでなく、その先をより一層つなげて「丸く」していく。これが今の私のテーマだと思いつつ、仕事に取り組んでいます。
「四角い」世界から「丸い」世界へ
私たちが生きるこの世界は、本来「丸い」ものです。地球も宇宙も、そして私たちの体をつくる細胞も、すべてが曲線を描いています。私たちの目も丸く、古代の建築や劇場も円形が主流でした。コロッセオのような円形劇場や、曼荼羅(まんだら)を描いた宗教建築、盆踊りのような伝統文化も、世界を「丸く」捉えていた時代の名残です。
しかしルネサンス以降、人類は「四角い世界」へと移行しました。印刷技術の発展により、情報が書物という四角い形で広がり、メルカトル図法の地図が普及することで、私たちは世界を四角く認識するようになりました。遠近法の確立により絵画も四角くなり、演劇の舞台も四角いステージが標準となります。産業革命以降は、写真や映画、テレビ、PCモニターといった視覚メディアもすべて四角形へと統一され、都市の建築も次第に四角い形へと変化していきました。
しかし、やはり人類は「丸い世界」に対する欲求はあるんです。例えば、日本科学未来館のドームシアターやプラネタリウム、チームラボの没入型アートは、空間全体を包み込むことで、世界を丸ごと体験できる場を生み出しました。VR技術もまた、画面の枠を超えて、360度の空間を体験できる新しい技術として進化しています。建築の分野でも、曲線を活かしたデザインが増えつつあり、人類は四角い枠から開放され、丸い世界を丸いまま扱う手法を手に入れつつあるように思います。
では、身近にある業界や組織の在り方はどうかというと、いまだに縦割りの構造や年功序列、性別による偏りが根強く残っているのが現状です。今後はそれらも、なるべくルールを緩めて「丸く」していった方がいいんじゃないかと、私は考えています。
ミュージアムの概念を超え、文化と技術をつなぐ新たな場へ
日本語では「ミュージアム」という概念が明確に存在せず、博物館、美術館、科学館といった異なる名称が使われています。しかし、英語圏では「ミュージアム」という大きな枠組みがあり、その中で「サイエンスミュージアム」や「アートミュージアム」などに細分化されるんです。これは明治期の翻訳に起因しており、日本では美術館や科学館などの文化施設は、政策上の所管が異なることが多く、館種ごとの取り組みが縦割りになりがちです。
そして劇場、映画館、ライブハウス、テーマパークといったエンターテインメント施設もまた、別々の業界として発展してきました。世の中が複雑化していく中、未来を創るにはこれらの境界を超えていくことがとても大事です。
こうした背景を踏まえ、新たな文化の創造・発信拠点「MoN Takanawa」では、既存の枠組みを越えた「ミュージアム・オブ・ナラティブス(物語の博物館)」というコンセプトを掲げています。この頭文字が「MoN」なんですが、「門(ゲート)」にもかけていて、境界を超えていくという想いも込めました。ここでは、アートやエンターテインメントといったジャンルにとらわれず、館の中での人々の営みすべてを「ナラティブ(物語)」としてコレクションし、未来へとつなぐ場を目指します。
「MoN Takanawa」では、館内の様々な空間を使い、テーマに連動した展覧会やライ ブ・パフォーマンス、日本文化体験、実験的なプログラムなどが展開され、単なる展示空間ではなく、異なる分野が交差する実験的な場として機能します。科学技術の実証実験や、アニメと伝統芸能のコラボレーションなど、多彩な取り組みを通じて、新たな価値創造の場にしていきたいですね。

MoN Takanawa: The Museum of Narratives(2026年春開館予定)
画像提供:JR東日本
日本のものづくりの独自性とは?
私は以前、日本科学未来館で「世界一展」という展覧会を企画し、日本ならではの技術を200点ほど集めて紹介しました。世界最小のネジ、ヤクルトの何百種類もの乳酸菌、回転寿司のレーン技術、養殖真珠の製法など、日本には「ナンバーワン」ではなく「オンリーワン」として誇れる技術が数多く存在します。この展覧会を通じて、日本の技術が持つ本質的な価値について、改めて整理する機会を得ました。
日本のものづくりの根底には、「技を伝承する文化」があります。世界でも100年以上続く企業が最も多い国であり、長い時間をかけて職人技を磨き、次の世代へと受け継ぐ伝統が息づいています。職人が頼まれてもいないのに、細部にまでこだわり抜くことが「やりすぎ」と言われることもありますが、その姿勢こそが長く続く技術や美意識の源泉なのです。
また、「自然と共生する精神」や「もったいない」という価値観、「使う人のことを考え抜くおもてなしの姿勢」も、日本の技術文化の大きな特徴ですよね。
さらに、日本人には「すべてのものに魂が宿る」という価値観が根付いています。神道の「八百万の神」の考え方や、アニメ『ドラえもん』のようにロボットを単なる機械ではなくパートナーとして捉える文化もその表れでしょう。実際に、日本では高層ビルを建てる際も、工事前に地鎮祭を行うのが一般的です。最先端技術の粋を集めた建築物でさえ、そのスタートは「神頼み」なのです。日本の文化って、高い技術そのものなのでは?とさえ思います。
「MoN Takanawa」では、こうした日本のものづくりの本質を伝える展示も行う予定です。単なる技術展示ではなく、その背景にある物語についても子どもや海外の方々に発信していきたい。世界が混沌としている中で、実は、混然一体とした曖昧な文化を持つ日本の特性が活かせる時代だと感じますし、日本のものづくりにも明るい未来があると思っています。

ステージ全面にLEDが設置された最新のシアター空間「Box1000」

靴を脱いでくつろげる約100畳の「Tatami」
なぜ文化が必要なのか、人類の課題と未来への視点
最後に「なぜ文化が必要なのか」という根本的な問いについて、お話ししたいと思います。
現代社会では、科学技術や経済の発展により、かつては生死に関わる深刻な問題だった「寒さ」や「飢え」といった物理的な課題は、ほぼ克服されています。もちろん、災害や気候変動などのリスクは依然として存在しますが、それでも過去の人類と比較すれば、都市生活を送る上での基本的な困難は格段に減少しました。
しかし、戦争や差別、孤独といった課題はどうでしょうか。これらは自然がもたらしたものではなく、人間自身が作り出した問題です。そして、科学技術がどれほど進歩しても、未だに解決の糸口が見えないまま続いています。私たちは国境を引き、民族や文化の違いで対立し、コミュニティの中で排除や差別を生み出してしまう。この「枠を作る」行為こそが、人類の課題の根源ではないかと思うんです。
一方で、八百万の神の考え方に象徴されるように、日本のあらゆるものが混じり合う独自の文化は、人類の平和に貢献できるのではないか。私はそんな想いを抱きつつ、自分の仕事に真摯に取り組んでいるところです。文化は技術にもつながりますので、その過程や関係者の想いといった要素も一緒に伝えていけたらと思っています。ありがとうございました。
前編はここまで。次回、後編では「クリエイティブのチカラで日本の科学技術を変える」をテーマに、ゲストの内田まほろさんと当社代表 林との対談と参加者からの質問について、具体的なエピソードを交えながら深堀りしていきます。