2025.10.20
2025.10.20 更新

クリエイティブのチカラで日本の科学技術を変える-サイエンス×デザインで考える研究支援の新たな可能性【後編】

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パートナーズの皆さまと私たちシックスハンドレッドホールディングスグループが共に研究環境の新しい未来を作っていくために、共に学ぶ場として定期的に開催しているラーニングイベント「PARTNERs LEARNING」。

11回目を迎えた2025年2月28日のイベントでは、一般財団法人JR東日本文化創造財団より内田まほろさんをお招きし、「クリエイティブのチカラで日本の科学技術を変える-サイエンス×デザインで考える研究支援の新たな可能性」をテーマに、イベント前半は内田まほろさんの講演、後半は当社代表 林との対談が行われ、研究支援の在り方について深い議論が交わされました。



本コラムは、当日イベントに参加できなかった方や、参加後に改めて内容を整理したい方、また今回のテーマに少しでも興味を持っていただいた方を対象に、当日のリアルな対談内容をお届けします。




 
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 【前編】内田まほろさんの講演内容はこちらから

 クリエイティブのチカラで日本の科学技術を変える―
 サイエンス×デザインで考える研究支援の新たな可能性








ゲストの内田まほろさんによる講演をお届けした前編に続き後編では、イベント後半に行われた内田さんと当社代表 林との対談内容と、参加者からの質問について、具体的なエピソードを交えながら深堀りしていきます。





キュレーターの役割は、異なる世界をつなぐ「間」


林:いやぁ、本当に面白かったです!まさか「人類の平和」にまで話が広がるとは思いませんでした。日本人の宗教観や美意識、倫理観といった視点から科学技術を捉え直すアプローチが新鮮で、キュレーターという仕事の奥深さを改めて感じました。以前、ウェルビーイングの専門家である石川義樹さんと対談した際、「ウェルビーイングとは美しい『間』である」と言われたんです。人間という字の通り、「人」は「人」との関係性の中で生きている。その「間」が美しければ、人は平和で健康的にいられると。まさに今日のお話と通じるものがありますね。


内田:まさにそうですね。私が考えるキュレーションの仕事は、とにかく「間(あいだ)」をつなぐことです。最近はプロデューサー的な業務も多いのですが、本質的には異なる分野の人たちの間に入り、それぞれの価値を最大限に引き出す役割を担っています。例えば、科学者とアーティスト、企業と研究者、テクノロジーとデザインといった、普通なら交わることのない世界を結びつけるのが私の仕事です。


林:まさに、それぞれの「間」を「丸く」していくお仕事ですね。


内田:そして、情報はただ流すものではありません。それぞれの立場を尊重しながら、「この人はこんなに面白いことをやっているんだよ!」と自慢するような気持ちで双方に伝えていく。そうすることで、最初は全く異なる世界にいた人たちが次第に共鳴して、そこから新しい価値が生まれるんです。多分、ここにいらっしゃる大学に営業へ行かれている方も、自分の「翻訳」の仕方で結果が変わると思うんですよ。単に流すのではなく、責任感を持って「翻訳」しているというプライドを持ったら、営業活動も上手くいくのではないでしょうか。



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「間」に立つ人に必要なのは、人間力


林:そうですね。やはり相手を尊敬して好きにならないと、自慢する気にはなれませんよね。


内田:正直、全ての人と無理に仲良くしようとはしていませんね。つまり、自分の目的に共感し、関心を持ってくれる人を選んでいます。ただ、仮に私が企業の広告代理店だったとして「大学のアウトリーチ活動を手伝ってほしい」という仕事を受注したとすると、自分とは合わない人間に遭遇する可能性はあると思います。実際に、自分の目的とは合わない方とご一緒する、といったシーンがないわけではありません。


林:私たちの業界では、そちらのケースが多いですね。


内田:そういう場面では、自分の人間力で勝負しなくてはならない。例えば、理系の方、特に工学系の方を中心に楽器を演奏する人が多いんですよね。ノーベル賞受賞者の中にも音楽好きな方は多いですし。したがって、アートに興味がなくても、音楽や食、お笑いといった別の共通点を探すと、自然に会話の糸口が見つかります。そして、研究者の方々は基本的に「教えるのが好き」な人が多い。わからないことを素直に聞けば、むしろ喜んで教えてくれます。だから私も分かったふりをせず、とことん質問します。そうして距離を縮めることが、間に立つ人の大切な役割なんだと思っています。


林:なるほど。やはり相当、骨を折られているんだなと思います。立場は違いますが、ものすごく共感できますし、取り組んでおられることも似ているなと、お話を聞きながら思いましたね。





「この人と仕事をするのは楽しいか」という視点


内田:実は、好奇心を持ち続けるのって、意外に難しいんですよね。仕事で人と関わる時も、「仕方がないから話を聞くか」っていう姿勢では、ただの時間の無駄遣いになってしまう。でも「この話はとても面白い!」って思えたら、報酬をもらいながら学べる最高の環境になるわけです。


林:確かに、楽しいと感じられるかどうかってすごく重要ですね。でも、日本の教育って「嫌いなことでも我慢してやるのが美徳」みたいなところがあって、仕事も我慢するものっていう考えが根強いですよね。


内田:そうなんですよ。私は、楽しくない仕事ならやらない方がいいと思っています。例えば、経理や会計が得意な人は、表計算ソフトの表がピカッと整うのが気持ちいいと感じる。私は人の話を聞くのが好きだから、それが仕事につながっている。つまり、自分が楽しいと感じることを仕事にしていけば、自然に成果も出やすくなるんじゃないかなと思っています。


林:それは本当に共感しますね。特に、研究者やクリエイティブな仕事をする人にとって「この人と仕事をするのが楽しいか」ってすごく大事だと思うんですよ。なので、良い「間」が保てないのであれば、ちょっと極端ですけど「依頼を断る」という姿勢も大事です。


内田:そこはキュレーションをすれば良いのではないでしょうか。時間が経って「やっぱりあっちがよかった」と思うこともありますし。例えば、かつて日本科学未来館でカフェをつくろうとした時に「必要ない」と反対なさった方がいたんです。何とか設置したら、その人たちが一番利用していました。別の事例では、論文発表の雑誌を作る際にデザイナーを呼んだら、物理学者の同僚が「なんでデザイナーが必要なの?」と言うわけですよ。それが、2年ぐらい一緒に仕事をしたら「デザインの力は必要だね」と姿勢が変化していて。センスの有無じゃなくて、単純に「知らない」だけなのかもしれませんね。





研究者には「アウトリーチ」の力が必要


林:今のお話を聞いていて、やはり「一緒に挑戦できるかどうか」がすごく大きなポイントだなと思いました。例えば、ぼくらが新しい建築デザインや研究設備を提案する時、最初から「無駄じゃない?」とか「採算は合うの?」って拒否されることが多いんです。でも、そもそもデザインの役割や価値を「知らない」から、そういう反応になるのかなと。


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内田:ありますね。でも最近、少しずつ変わってきたかなとも感じます。デザイン思考やアート思考が、ビジネスの場面で「イノベーションに役立つらしい」と認識されるようになってきました。ただ、日本の大学や研究機関は、まだまだ欧米と比べてその辺の動きが遅れているのも事実です。


林:そうですね。MITやスタンフォードでは、テクノロジーとアート、サイエンスの融合が当たり前で、そこに国や企業の予算も大きく投入されます。でも日本ではまだ、そうした仕組みが整っていない。それを変えるためには、大学の研究者自身がもっと外に向けて発信する「アウトリーチ」の力をつけることが重要なんじゃないかと。


内田:その点、アメリカは自分で研究費を取ってこないといけないので、研究者も自然とアウトリーチに積極的ですよね。日本でも最近は、研究費の一部をアウトリーチ活動に使うことが義務づけられるケースも増えてきましたけど、まだまだ形骸化している部分が多い。「身内でシンポジウムを開いて終わり」では、本当の意味でのアウトリーチにはなりません。


林:本来なら、アウトリーチの対象は一般市民や子どもたちにも広げるべきですよね。科学技術を社会にどう伝え、どう興味を持ってもらうか。そこにデザインや映像の力が必要になるのに、まだまだ意識が追いついていない。海外だと、アーティストと科学者が同居しているという状況が当たり前になっているのですが。


内田:そうなんです。あと、日本の研究者は海外の研究者と違って「自分の研究を売る」という感覚が薄い。でも、研究成果を社会実装するためには、遠い場所の人たちに向けて魅力的に伝える力が絶対に必要ですよね。そこにデザインやアートが関わる余地は大いにあると思います。





AIに人と人をつなぐ「間」の役割は難しい


内田:日本の教育システムって、高校の時点で理系・文系を分けちゃうじゃないですか。あれがけっこう問題だと思うんですよね。社会に出るとそういった分けはなくなりますし、むしろ世界はどんどん分けない方向に進んでいるのに、教育では早い段階で線引きしてしまう。


林:本当にそう思います。僕自身も、もともとは音楽をやっていて、そこからアートに興味を持ち、美大に進み、グラフィックデザインを学んで、最終的には経営者になりました。でも「自分の職業は何か?」と聞かれると、ひとことで言い表せないんですよね。デザイナーでもあり、アーティストでもあり、プロデューサーでもあり、ある種の「クリエイティブディレクター」とでも言うべきかもしれませんが、枠にとらわれない働き方をしている。


内田:まさに「融合」が大事な時代ですよね。これからは、文系・理系といった枠を越えて、人を惹きつけ、集め、新しい価値を生み出す力が求められるんじゃないかと思います。


林:そうですよね。たとえば、YouTubeのインフルエンサーを見ても、人を惹きつける力がすごい。AIもかなり発展してきましたが、人と人をつなぐ「間」に立つ役割はまだ難しいですよ。


内田:そうですね。そこはまだ50年くらいは人間の仕事でしょうね。情報を0と1で処理するAIには、「人の心を動かす」ことまではできない。やはり、人の興味や感情を引き出すのは、人間だからこそできることなんですよね。





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<ここからは、参加者からの質問にお応えいただきます>



Q1:デザインやアートは、直感的にROI(投資収益)が見えにくく、企業や組織に提案しても受け入れられにくいという課題があります。そのような状況の中で、内田さんはどのようにマインドセットを変え、ファシリテーションしてきたのでしょうか。


A1:確かにそうですね。ただ、私の仕事はミュージアムや展示に関わるものなので、一般の方が対象です。そうなると、デザインはインターフェースとして必要不可欠であり、その重要性が疑問視されることはあまりないんですよね。


一方でアートは難しい。デザインは『問題解決』ですが、アートは『問題提起』なんですよ。日本では混同されがちですが、本来は役割が異なります。投資してもらうにも、デザインに対してはそう難しくないのですが、アートは逆です。とはいえ、企業の長期戦略や新規事業を考える際には、アート的な発想は非常に役に立つというのが私の考えです。


だからこそ、私は『アート』ではなく、より広い意味で『文化』という言葉を使っています。文化は、現代アートに限らず、伝統芸能や音楽、工芸、さらには食まで含むもの。これからは、そんな全てを包括した視点が必要なんだと思います。




Q2:内田さんはこれまで、多くの展示会を企画されてきました。我々見学者は完成したものを目にしますが、企画段階では誰も正確な完成形をイメージできないゼロの状態からスタートすることが多いかと思います。特に空間コンテンツを含めた展示企画では、異なる立場の関係者が多数関わりますが、そうした企画・制作の段階で、完成イメージを共有するために工夫されていることがあれば教えてください。


A2:実務的な話でお答えしますね。私は経験を積んできたこともあり、企画段階で、ある程度完成形が見えていることが多いんです。展示の空間だけでなく、お客様の反応まで含めてイメージしています。


その上で大切なのがチーム編成ですね。例えば、空間設計はこの人、映像制作はこの人、といった感じで、イメージに合わせてメンバーを選べば、方向性が自然に決まっていきます。その後、言葉でしつこく語ることでゴールをメンバーに示し、そこにたどり着く道についてはプロフェッショナルである皆さんに託しているんです。いわゆるキャスティングですね。


あと、結構しつこくコミュニケーションします。最後まで妥協しないので。また、スケジュール管理も重要です。プロジェクトの進行において唯一の地図となるので、しつこく調整します。ただ、想定以上の仕上がりになりそうな時は、周囲に迷惑をかけつつもチャレンジしますね。




Q3:内田さんは「しつこく」と何度もおっしゃっていましたが、具体的にどの程度の時間をかけてプロジェクトを進めているのでしょうか。説得が必要な場面も多いかと思いますが、どのようなこだわりを持って取り組まれているのか、詳しくお聞かせください。


A3:大型の企画展だと、だいたい3年くらいかかります。短くても2年、制作自体は1年以内という感じですね。今回の万博は4年ほど取り組んでいます。


長期間なので、普通ならモチベーションが下がるところですが、私はずっと維持できるタイプです。企画の初期段階では言語で方向性を示し、建築家が入ればパースを作るなど、段階ごとに適切な形でビジョンを共有します。


また、素晴らしいクリエーションの瞬間を、最初に目撃できるのが一番の幸せですね。私はなんて贅沢なんだろうと。抽象的だった言葉が音楽や空間として具現化された時の感動は格別です。だからこそ、しつこくこだわれるんだと思います。


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Q4:クライアントのニーズを正確に把握することは難しく、企画の進行において大きな課題となることがあります。内田さんは、さまざまなプロジェクトを企画・実行する中で、どのようにクライアントの課題やニーズを把握しているのでしょうか。クライアントの要望を的確に捉えるための工夫や考え方があれば、ぜひお聞かせください。


A4:ニーズは聞くものではなく、私はむしろ「作るもの」だと思っています。その手がかりとしては、ターゲットをよく観察したり接触を持ったりすることが多いですね。


例えば、小学校3年生向けのワークショップを企画する際には、事前に子どもたちの興味や集中力などを考慮し、それに基づいて提案します。また、JR東日本の文化事業に関わる際も「高輪エリアに限らず、地方路線の駅や鉄道そのものを文化の場として活用できるのでは」と提案しました。


このように、クライアントの課題を超えて、より広い視点で「本当に必要なもの」を見つけることが大事です。そのためには、相手の立場になりきること、そして時には余計なお世話と思われるくらいの提案をすることが大切だと思います。




Q5:大阪万博の「フューチャー・オブ・ライフ いのちの未来」についてお伺いします。先ほど、デザインやアートが「問題定義」の役割を持つというお話がありましたが、内田さんがこのプロジェクトにおいて、どのような問題を定義し、来場者にどのような問いかけを行おうと考えているのか、お聞かせいただけますでしょうか。


A5:「フューチャー・オブ・ライフ いのちの未来」では、「広がるいのち」というテーマを掲げ、人間の生命が技術と融合することでどのように変容するのかを問いかけます。


石黒浩さんの描く未来像をもとに、2075年の世界を想定し、ロボティクスと人間の関係性の拡張を体験してもらうといった構成です。人間のいのちとは何か、生身の体だけがいのちなのか、それとも技術との融合もまたいのちの新たな形となり得るのか。この展示を通じて、来場者が未来の自分自身をどのように捉えるかを考える機会になればと思っています。


さらに、1000年後の人類についてアート的な視点で問いかけるコーナーもあります。




Q6:先ほどの講演のスライドで、「地球エキ」という表記がJRの「駅」ではなく「益」になっていたのが印象的でした。この「地球益」という概念について、受益者や設置者、投資者といった関係者の視点から、どのように捉えているのかを詳しく伺いたいです。また、駅を利用する対象者をどのように広げていくのかについても、お考えがあればお聞かせください。


A6:よく見つけられましたね。「地球益」という言葉は、私の造語ではなく、JR東日本が掲げる、TAKANAWA GATEWAY CITYの開発コンセプトの大事なキーワードの1つです。


もともとは、東大の環境系の研究チームが提唱する「プラネタリーヘルス」という概念に基づいています。現代のビジネスでは利益や売上が目標とされがちですが、これからは地球全体の「良い状態」を目指すべきだと思います。人間や他の生物、都市のあり方も含めて、ビジネスやイノベーションといったものを総合的に考えていきましょうということです。


その中において、TAKANAWA GATEWAY CITYの「MoN Takanawa」は、コンテンツにおける技術開発だけでなく、人の心や感動に寄り添う文化的役割を担っていると、我々は自負しています。






<最後に>


林:内田さん、お忙しい中、本当にありがとうございました。万博、もうすぐですね。


内田:4月13日開幕です。もう現場が動いていますが、最後の調整も大変ですよ。


林:万博って最先端テクノロジーの祭典かと思っていましたが、命をテーマにするのが興味深いですね。


内田:そうですね。私たちのパビリオンは単なる技術ショーケースではなく、未来のいのちのあり方を考える場です。でも、空飛ぶ自動車とか、技術的にワクワクする展示もありますよ。


林:いやぁ、ますます楽しみになりました。皆さん、ぜひ足を運びましょう!今日は本当にありがとうございました。


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