「ひらめき」はデザインできるのか? イグノーベル賞受賞者と語る、研究は「支援」から「共創」へ【後編】

パートナーズの皆さまと私たちシックスハンドレッドホールディングスが、共に研究環境の新しい未来を作っていくため、共に学ぶ場として定期的に開催するスキリングイベント「PARTNERs LEARNING」。
第12回を迎えた2024年4月18日のイベントでは、2024年にイグノーベル賞「生理学賞」を受賞された武部貴則さんを迎え『「ひらめき」はデザインできるのか?イグノーベル賞受賞者と語る、研究は「支援」から「共創」へ』をテーマに、イベント前半は武部貴則さんの講演、後半は当社代表 林との対談が行われました。
本コラムは、当日イベントに参加できなかった方や、参加後に改めて内容を整理したい方、また今回のテーマに少しでも興味を持っていただいた方を対象に、当日のリアルな対談内容をお届けします。

【前編】武部貴則さんによる講演はこちら
「ひらめき」はデザインできるのか?
イグノーベル賞受賞者と語る、研究は「支援」から「共創」へ
ゲストの武部貴則さんの講演内容をお届けした前編に続き、後編では武部貴則さんと当社代表 林との対談パートの内容と参加者からの質問について、具体的なエピソードを交えながら深堀していきます。
素人から広がった研究人生と、自己効力感の起点
林:貴重なお話をありがとうございました。もう、共感しかないです。早速ですが、質問というより感想なんですけど、すごく幅広いことをされてますよね。しかも全て結果を出されている。最初のモチベーションは、やはり外科医として移植の現場からの課題意識だったと伺いましたが、そこからどうしてそんなに幅が広がったんでしょうか?
武部さん:よく聞かれるんですが、私は基本的に2つあると思っています。1つは、教えてくれる人がいなかったこと。もう1つは、人に頼りまくる能力が自然に身についたことです。
林:教えてくれる人がいなかったんですか?
武部さん:はい。例えば、医学部の研究室に入った時に「肝臓の研究がしたい」と申し出ると、教授から「肝臓は花形の研究だから、新人には任せられない」と告げられました。その代わりに与えられたテーマが「軟骨の再生」だったんです。飲み会でよく食べるアレですね(笑)。正直、再生する意味あるの?って思ったくらいで。
林:なるほど(笑)。
武部さん:でも、そこで紹介された指導医が、なんと大学の先生ではなく医療センターの部長先生。つまり、ほぼ研究室にいないんです。病院にいる外科医だから、研究室に顔を出すことがない。常に何も教えてもらえない状態で、5年間の研究を自分でやるしかなかったんですね。
林:それは大変ですね。
武部さん:でも、その環境がすごく良かった。全くご本人がおられないので、自分で見よう見まねで学ぶ「ストリート学問」状態でした。軟骨再生の上司がいなかったので、隣にいる肝臓研究チームのやり方をそのまま真似するなど、手探りで進めるうちに「何も知らなくてもできるんだな」という、妙な自己効力感がつきました。
林:たしかに、それは大きいですね。
武部さん:あと、もう1つは人に頼る力です。自分でできないことを無理にやろうとしない。技術員の方に「恐れ入りますが、PCRのやり方がわからないので、やってもらってもいいですか?」って、素直に頼む(笑)。日本の研究現場の強みって、実は職業研究者よりも技術者の方々だと私は思うんですよ。「迷うことなく人に頼る」というスキルセットを身につけられたのも、とても良かったですね。
人を巻き込む力と、幼少期の自由な環境が生んだ発想力
林:ただ、そうやって優れた技術者の方々を巻き込むって、やはり簡単じゃないですよね。高いスキルを持った方たちの心を動かすには、ビジョンが明快じゃないといけない。武部先生って、お話もわかりやすいし、すごく説得力があるじゃないですか。コミュニケーションのスキルが相当高いなと感じるんですよ。あとひょっとして、幼い頃は自由な環境にいらっしゃったのでしょうか?
武部さん:それは確かにそうですね。私事で恐縮ですが、うちの兄がわかりやすい例で。英才教育を受けてたんですが、親から「勉強しろ」ってずっと言われた結果、中学くらいで反発して、学校にも行かなくなって。バンド活動に明け暮れていましたね。
林:私と一緒だ(笑)。
武部さん:親も「このやり方はダメだ」と思ったのか、私には完全に放任主義でした。中高時代は好きなように音楽やって、ブラスバンド部で楽器ばっかり吹いてて。「俺、音大行くから」とか言ってたくらいです(笑)。ただ、高3になって、なんとなく「さすがに兄弟で両方ミュージシャンはまずいかな」と思って。ちょうど親への感謝とかもわかる年齢になってたんで、じゃあ医者を目指すかと。もともと医療には関心があったので、軌道修正した感じですね。
林:なるほど。じゃあ、創造的な感性とか柔らかい発想は、音楽とか子どもの頃の体験に根っこがあるんですね。
武部さん:そうかもしれません。例えば、自然の中にある美しい現象を見つけるとか、アスファルトに咲く花を見て「どうやってここまで来たんだろう」とか、そういうことを考えるのが好きでした。アート的な感覚というか、違和感や面白さに気づく癖みたいなものが、今の研究にもつながってるんだと思います。

デザインと伝える力 ── プレゼン技術へのこだわり
林:先生の講演、スライドの写真もすごく美しいですよね。デザインや見せ方をかなり意識されてるんだなって感じました。そこも研究の一部というか、伝える力に対してすごく意識を向けてらっしゃるように見えました。
武部さん:でも正直なところ、僕自身、ちょっとコンプレックスがあるんですよ。ノーベル賞を取ったような研究者の方たちって、プレゼンがめちゃくちゃカオスだったりするじゃないですか。それでも全然人を惹きつける。逆に、僕みたいにデザインを整えたり構成にこだわったりしていると、「俺、カッコ悪いことやってるな」と思ってしまうんです(笑)。
林:欧米ではコミュニケーションが重視されていて、組織にコミュニケーションデザイナーのプロをアサインさせています。MITにもスタンフォードにも、デザインスクールがあるくらいで。日本では、デザインは装飾に過ぎないという考えがまだ根強く、伝えることも手法の1つだというところも、まだまだ理解されていません。
武部さん:そうですね。特に研究の成果をイノベーションに転換していく段階では、そういった能力がないと人を巻き込めませんので。僕も過去に、電通さんにお声がけいただいて、カンヌライオンズっていうクリエイティブの国際イベントでスピーカーとして登壇したことがあるんです。カンヌ映画祭の後にやる、広告の世界の大きなイベントですね。
林:すごいですね。まさに広告業界の「カンヌ映画祭」みたいな位置づけですよね。
武部さん:その時に、外部のプレゼンコーチがついたんですよ。海外の方だったんですが、話し方からスライドの見せ方まで徹底的にトレーニングされました。その経験が衝撃的で「プレゼンって、ここまで技術で変えられるんだ」って感動したんです。例えば、次のスライドを出す前にタイトルを口頭で先に言うんですよ。「次は、iPS細胞から肝臓を作った成果をお届けします」って言ってからスライドをめくる。すると、聞き手の頭が整理されて、内容がより印象に残る。そんな細かいけど効くテクニックを、たくさん学びました。
林:アメリカはプレゼンの重みが違いますからね。むしろプレゼンで決めるという文化があるので、授業では話し方や使う会場などを含めたスキルを体系的に教えてくれるようです。よくありがちな、文字だらけでどこから読めばいいのかわからないようなものだと、ページが変わっても心に動くものがない。なので、すごく大事な視点だと思います。
「勘」を信じる研究と、セレンディピティの価値
林:今回は「ひらめきの瞬間」がテーマでもあるんですが、まさに今日のお話そのものですよね。インベンションとイノベーションを分けて考えるとか、私もスッキリと腹落ちしました。やっぱり、ひらめきって一人の静かな時間とか、なんとなく「これいけるかも?」みたいな直感から生まれることが多いですよね。iPS細胞の山中さんも、気付きに至った時は「勘」に頼ったそうで、これは日本人にしかできない。
武部さん:本当にそう思います。ひらめきのきっかけって、やはり「勘」なんですよね。「なんとなく面白そう」とか。私の研究でも、最初の着想って大体それです。ただ、私もラボを主宰するようになったので、全員に「勘」で動けとは言えない(笑)。周囲からの理解も得にくいですし。でも、たまにその感覚が誰かと噛み合うと、すごく嬉しいんです。
林:最近もそういうことありました?
武部さん:「マランゴニ効果」ってご存知ですか?エタノールの一滴が油の表面に落ちると、スーッと広がって模様を作る現象なんですが、5年くらいずっと気になってて。今までは誰も興味を持ってくれなかったんですが、先月、医学部の学生がアメリカのラボに来ていて、何気なくご飯の時にその話をしたら「ぜひやってみたいです」と。昨日、その学生からデータが届いたんですよ。それ見て「うわ、やっぱりこれ面白いわ」って、久々にテンションが上がりました。

マランゴニ効果(画像引用元)
林:まさにセレンディピティですね。
武部さん:そう、腸呼吸の研究も、数年はまったく動きがなかったんですが、京都大学から胸部外科の大学院生が派遣されてきたタイミングで「呼吸やってるなら、これやる?」って声をかけたら進んだんです。アイデアは熟成肉みたいなもので、何年も寝かせて機が熟すまで待つ。一方で、引き出しにしまう期間の長さに対しての忍耐力は必要ですね。
林:引き出しの中にいっぱいネタを持っておいて、何かのきっかけで急に芽が出る。そういう研究スタイルって、日本人らしい美意識にも通じますね。
武部さん:まさにそうです。予想できることは、だいたい誰かがもうやっています。でも、ちょっと変で突飛なことは、意外に日本の小さなチームの方が強い。料理の世界で、東京のミシュラン星付きレストランの数が多いのは、個人のクリエイティビティを大事にしているからです。こういった日本的スピリットは、研究でも非常に大事ですね。
<ここからは、参加者の質問を交えながら対談を続けます>

Q1:イグノーベル賞を受賞された腸呼吸の発見について、着想された経緯を教えてもらえますか。
武部さん:父の片肺に穴が空いたとき、人工呼吸器を使用していたことがきっかけですね。苦しそうな姿を見て「再生医療をやってるのに、何もできないのか」と強く感じました。呼吸領域は長い間イノベーションがなく、ECMOと人工呼吸器の2択しかないんです。その後、いろんな生物の呼吸形態を調べる中で「腸は血流が豊富で、呼吸に使えるのでは」と気づき、研究をスタートしました。最初は半信半疑でしたが、実験を重ねて数年後に成果が出たので、プロジェクト化しました。イグノーベル賞をいただけた理由は、テーマ名がキャッチーだったんでしょうね。
Q2:これまで日本やアメリカなど、さまざまなラボで研究をされてきたと思うのですが、どんなラボがやりやすかった、居心地が良かったなどありますか。
武部さん:研究のしやすさで言えば、圧倒的にアメリカの方が環境は整っています。ただし「飛ぶ」ような研究が生まれやすいのは、実は日本なんです。
林:教育はアメリカの方が良い?
武部さん:アメリカは教育が手厚く、大学院では4人の教授による定期評価があり、変わったことをやろうとすると必ず4人の内の誰かに止められます。一方、日本はスタッフの数が少なく放任状態のラボが多いので、誰にも邪魔されずに「飛ぶ」研究ができる。
林:一方で、日本のラボはメンタルヘルス問題が多くて、そこは課題ですよね。
武部さん:物理的環境としては「天井の高さ」が本当に大事です。アメリカのラボは開放感があり、照明や風、色彩設計まで含めて精神的な快適さが追求されている。一方、日本の病院や研究室は画一的で閉鎖的な空間が多い。クリエイティブな発想には、空間づくりそのものが関わってくると強く実感しています。
Q3:インベンションが生まれる研究環境とイノベーションが生まれる研究環境には、どのような違いがあるとお考えでしょうか。
武部さん:インベンションのきっかけは、現場での偶然や直感から生まれることが多いと感じています。例えば、動物園での観察や長生きしている方のデータを見た時といった、好奇心が生まれる場ですね。だから、あまり整った環境よりも、むしろ野性的だったりストリート的だったりといった場所の方が、新しい発想が起きやすいと思っています。一方で、イノベーションは、それを社会に実装するプロセスなので、整理された設備や多様な人が出会える場が求められます。私は、ひらめきが生まれる“発想の場”と、それを形にする“実行の場”とで、レイヤーを分けて研究室を運用するのが理想だと考えています。
林:その両者を効果的に連携させるための仕掛けとして、たとえば社員食堂のようなオープンな場所で、デザインやアートに触れる機会を作り、インベンションとイノベーションの狭間を作る空間を設置するのも良さそうですね。
武部さん:私も過去に食堂の改築に携わったことがあります。最後のステップを自分でやる「マイクロクッキング」を提案したことがあります。例えば、最後に自らハーブを添えたり、食材の盛り付けや味付けを自分でやるといった構想を提案したことがありますがボツになりました(笑)。
林:その案全部採用させて頂きます(笑)。香り、音、味覚、など五感の部分を気にして刺激するのが重要ですよね。
武部さん:実家の母親が出す料理の音が安心感を与える研究結果を見て、病院にその音を流す提案をしたときもボツになりました(笑)。
林:医療現場こそ、観葉植物とかを置いたり、人が過ごす環境を工夫するべきですよね。
Q4:ハピネスや健康な状態が重要というお話がありましたが、常にそうであることが理想なのでしょうか?それとも、適度なストレスも必要と考えますか?もしそうであれば「良質なストレス」とはどういうものだと思われますか?
武部さん:僕の前の上司は「常にストレスのシャワーを浴びろ」と仰ってましたし、実際に僕自身もストレス環境で鍛えられてきたので、それなりに意味があると感じています。実際、うちのラボではクリエイティビティとハピネスの関係を毎年調査していて、長期的に「自分の役割を果たせている」という感覚がある人ほどアウトプットが良い傾向です。
林:適切なストレスは確かに必要ですよね。フランスの哲学者のアランが「悲観主義は気分によるものであり、楽観主義は意志によるものである」という言葉を残していますが、環境によるストレスがポジティブという意志を生むこともありますよね。

武部さん:確かに期限に追われることで思考が加速する「火事場の馬鹿力」的な効果もあるんですね。また、多様性のあるチームは互いに刺激し合い、建設的な緊張感が生まれる。つまり、ストレスが“逃げ場のない抑圧”ではなく、成長につながる“前向きな刺激”であることが重要です。ある意味、日本人は追い込まれた時に本領を発揮する文化的傾向もあるので、そういう気質に合った“良質な負荷”はむしろプラスに働くと考えています。

Q5:今後の研究環境をより豊かにし、科学を発展させていくために、研究環境の構築や日々の運営に関わる私たちに対して、武部先生が期待されることは何でしょうか?
武部さん:ヒューマンリソースですね。実は僕が2013年に出したネイチャーの論文も、当時関わってくれた代理店の方々の支えがなければ成立しなかったと本当に思っています。日本の研究現場には、研究者に伴走してくれる素晴らしいビジネスパートナーが存在していて、これは海外にはない強みです。
林:アドミ部門とかですよね。
武部さん:そうです、日本の大学のアドミ体制は非常に分断されていて、1つのラボが経理・人事・購買といった業務まで全部やるんですよ。なので、民間や販売店の皆さんと協力して、アドミ機能や人材をシェアするような仕組みをつくれば、もう劇的に日本は良くなると思います。
林:これは絶対にやるべきですよね。
<最後に>
林:いやまさに、私たちの心に火が灯るような時間でした。改めて、武部先生は単なるの研究者ではなく、クリエイターなんだなと強く感じました。研究や技術だけでなく、組織のあり方、人の動かし方、社会へのつなげ方まで、幅広く見られているんだなと深く感銘を受けました。
きっと、今日ここに集まった皆さんも、それぞれの立場で何かしら得るものがあったのではないでしょうか。私自身、もうお腹いっぱいになるくらい、多くの学びをいただきました。
これからも、医療やサイエンス、アカデミアがどんどんアップデートされていく未来を、私たち自身の手で作っていきたい。その時は、ぜひまた武部さんと一緒に、新しいことに挑戦できたらと願っています。本日は、本当にありがとうございました!
