「睡眠」と「ひらめき」の関係性―睡眠研究の世界的権威と語る、研究のこれから【前編】

パートナーズの皆さまと私たちシックスハンドレッドホールディングスが、共に研究環境の新しい未来を作っていくため、共に学ぶ場として定期的に開催するラーニングイベント「PARTNERs LEARNING」。
第13回を迎えた2025年8月28日のイベントでは、睡眠研究の世界的権威で、筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構長(IIIS)を務める柳沢正史さんを迎え『「睡眠」と「ひらめき」の関係性―睡眠研究の世界的権威と語る、研究のこれから』をテーマに、イベント前半は柳沢正史さんの講演、後半は当社代表 林との対談が行われました。
本コラムは、当日イベントに参加できなかった方や、参加後に改めて内容を整理したい方、また今回のテーマに少しでも興味を持っていただいた方を対象に、当日のリアルな対談内容をお届けします。
前編では、ゲストの柳沢正史さんによる講演内容をお届けします。
筑波大学の睡眠研究拠点「 IIIS 」の紹介
ご紹介いただきました、筑波大学の柳沢です。
本日は「睡眠」についてお話しさせていただくのですが、その前に、私たちが日々研究に取り組んでいる拠点である「 IIIS (トリプルアイエス)」について、少しご紹介させてください。正式名称は「筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構」です。
■IIIS 筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構
https://wpi-iiis.tsukuba.ac.jp/japanese/
プラナス株式会社さん・オリエンタル技研工業さんが手掛けた IIIS の建物には、至るところにアートが取り入れられていて、科学と芸術が共存しているユニークな空間です。例えば、エントランスホールの天井には筑波大学の芸術系の先生によるインスタレーション作品があり、体内時計のリズムを表現しています。
内部は吹き抜け構造になっていて、 1 階から 4 階までが全てつながっている開放的な設計です。その中央にあるのが、シンボルともいえる螺旋階段。各フロアの空間には、空を飛ぶ「親子豚」のオブジェが配置されています。女性作家さんの作品で、よく見ると目を閉じていて「空を飛ぶ夢を見ている豚」という設定で、こちらも睡眠というテーマにちなんだ演出です。
さらに、 1 階にはアート作品を展示したラウンジスペースもあり、陶芸作品が壁一面に展開されています。この中には「蝶になった夢を見る」という中国の詩を題材にした作品や、作家自身の夢をもとにした作品もあるなど、まさに睡眠がテーマとして貫かれています。
IIIS では、すべてのラボが何らかの形で睡眠に関する基礎研究を行っています。睡眠研究に特化した機関としては世界最大級であり、最先端の研究を推進していると自負しています。ご覧のような施設で、日々研究に取り組んでいます。
なぜ「睡眠」は必要なのか
さて、ここからは本題の「睡眠」について、少し学術的な話に入っていきたいと思います。
私たち哺乳類を含め「動物が眠る」という行動には、おそらく多くの方があまり疑問を抱かないと思います。しかし、今世紀に入ってから、実は爬虫類や魚類、さらには無脊椎動物である昆虫やイカ、タコ、そして線虫までもが睡眠をとっていることが確認されました。この時点で「脳を持つすべての動物は眠る」と結論づけられたのです。
ところが、2017年に衝撃的な論文が発表されます。なんと「脳を持たないクラゲも眠る」と。クラゲは神経が全身に分散している「散在神経系」の生き物で、私たちのような中枢の脳とは全く異なります。つまり睡眠は、脳の誕生よりも先に発明されていて、動物の根源的な行動であるということが分かったのです。
ただ「なぜ眠るのか?」という問いには、いまだ明確な答えが出ていません。特に不思議なのは、睡眠中というのは意識が薄れ、外界に対して無防備な状態になるという点です。捕食されるリスクすらあるのに、なぜどの動物も眠るのか。我々の脳をコンピュータに例えると、睡眠は「オフラインメンテナンスのようなもの」ですが、なぜ「オフライン」である必要があるのか、それすらまだ十分には解明されていません。
長く起きていれば、だんだんと眠くなってくる。この眠気を取り除くために、私たちは毎日眠る。単純なことなのに、そのメカニズムはまだよく分かっていないのです。
睡眠は全ての領域が大事
私たちの睡眠は「ノンレム睡眠」と「レム睡眠」という2つの状態に分けられます。
まず、鮮明な夢を見ているレム睡眠は「浅い睡眠」と誤解されがちですが、実際には脳はオフライン化されています。そのため「ノンレムとは性質の異なる睡眠」と捉えた方が正確です。
一方のノンレム睡眠には3段階の「深さ」があって、一番深い領域では記憶の整理や成長ホルモンの分泌、身体の回復などが起きています。睡眠の前半はノンレム睡眠がメインで、特に深い領域が多く現れる時間帯です。
一般的に「睡眠のゴールデンタイムは夜10時から2時まで」と言われてきました。しかし、近年の研究では、後半に出てくるレム睡眠も、健康や脳の機能維持を保つ上で非常に重要だということが分かってきています。つまり「睡眠全体が大事」だというのが、現在の科学的な結論です。
ちなみに、高齢になると深い睡眠が減り、全体的に睡眠が浅く不安定になっていく傾向があります。これは病気ではなく、加齢による自然な変化です。
睡眠不足がもたらす社会への深刻な影響
「寝る間を惜しんで頑張る」。日本ではそんな言葉が美徳のように語られることがあります。実際に日本は、さまざまな調査で世界一の睡眠不足の国であるということが分かっています。
その中の1つ、アンケートではなく活動量計によって客観的に測定された各国の平均睡眠時間を調査した論文がありますが、平均睡眠時間と国民1人当たりのGDPとは、強い右肩上がりの相関があるんですね。経済的に生産性の高い国の方が、むしろ眠っている傾向にある。
つまり「寝る間を惜しんで頑張る」は全く逆効果で、ナンセンスだということです。実のところ、日本はヨーロッパの平均値から丸々1時間も短い。これはものすごく大きな差です。
では、睡眠不足だとどうなるのか。1つ、分かりやすいデータをご紹介します。脳のパフォーマンスを指標化したある実験で、徹夜を1晩するだけで脳の機能が著しく低下することが示されています。しかもその状態は、血中アルコール濃度が0.1%、つまりワイン1本を飲んで酔っているのと同じぐらいに相当する。よく「徹夜明けで頑張った」という話を耳にしますが、睡眠不足によるパフォーマンス低下は飲酒時にも匹敵するとされており、「徹夜で仕事をした」というのは、ある意味では「酔った状態で仕事をしていた」と言っているのに近いのです。
この論文で強調されているのは、短時間睡眠を続けることの影響です。一晩4時間睡眠を5〜6日続けただけで、徹夜と同じレベルまでパフォーマンスが落ちます。6時間睡眠でも10日間続けると同じような状態になる。しかも、主観的な眠さはそこまで感じないのが恐ろしいところです。
平均睡眠時間と国民一人当たりのGDPの関係性(画像引用元)
ひらめきと睡眠
さて、今回のメインテーマでもある「ひらめき」と睡眠の関係についてお話ししましょう。
ある実験で、参加者にちょっとした数字のパズルを解いてもらいました。普通に順番通りに解いていくと時間がかかるのですが、実は「裏技」があって、それに気づくと一瞬で解ける仕組みになっています。この「気づき」の発生頻度を測ったところ、睡眠をとったグループは、とらなかったグループに比べてなんと3倍も多く「ひらめき」を得ていたのです。
さらに、睡眠不足は感情のコントロールにも悪影響を及ぼします。イライラしやすくなったり、怒りっぽくなったり、逆に気分が沈んだり。ハラスメントなどの問題につながる可能性も指摘されています。
最近では「睡眠不足は利他的行動を抑制する」という研究も発表されました。アメリカの統計によれば、夏時間への移行で1時間短くなった翌日は、全国的に寄付額が4%減ったそうです。一言で表すと「睡眠不足だと嫌な奴になる」。そんなことも分かってきました。
夢はストレス状況の予行演習
皆さんも「昨晩は夢ばかり見て全然眠れなかった」と感じたことがあるのではないでしょうか。実はそれ、悪いことではありません。むしろ、しっかりと睡眠が取れているサインです。
夢をよく見る状態というのは、おそらくレム睡眠が十分に取れている証拠で、簡単に言うと「ストレス耐性がつく」ということです。覚えている夢というのは、嫌な内容が多い。心理学者たちは、これを「ストレス状況の予行演習」と捉えていて、現実で起こり得る困難やトラブルに対して夢の中でシミュレーションをしておくことで、ストレスへの耐性が高まると言っていますね。
なので、嫌な夢を見た朝は「眠れなかった」と落ち込むのではなく「良質な睡眠が取れた上に、ストレス耐性までついた」と前向きに捉えてみてください。
また、睡眠不足はいろんな病気のリスクが高まります。よく言われるのが、うつ病を中心とするメンタルの問題や肥満、高血圧、糖尿病、高脂血症、そして認知症など。免疫も悪くなるので風邪も引きやすくなるし、がんのリスクも増える、そういうことも知られています。
睡眠を左右する体内時計と光
眠気の実態は不明ですが、どのように変遷していくかという現象面については、昔から詳しく研究されています。その1つが「体内時計」です。いわゆる「時差ボケ」は、体内時計による眠気です。
体内時計の本体は、脳の奥深く、視床下部の「視交叉上核(しこうさじょうかく)」というごく小さな部位にあります。ここにわずか数万個の神経細胞が集まり、ほぼ24時間周期でリズムを刻んでいます。
そして、この体内時計は「光」によって調整されています。特に「ブルーライト(青い波長の光)」に強く反応します。地球上の生物は、青い海と青い空を見て進化してきたので、昼夜の明るさや暗さを判断するには「青色」がベストです。
私たちの目の網膜には、光を感じるための視細胞とは別に、ブルーライトに反応する特殊な神経細胞が存在します。この細胞は、強い青色の光を感知すると、それをそのまま視交叉上核へと伝えます。つまり「今は昼間だ」と脳に伝えて体内時計をリセットするわけです。この仕組みによって、私たちは地球の自転と一致したリズムで生活できています。
具体的には、朝〜午前中に光を浴びると、体内時計の針は進みます。逆に、深夜にブルーライトを浴びると、時計が遅れてしまう。しかも、ずれる幅は非対称で「遅らせる」方がずっと大きい。下手をすると、たった一晩で3〜4時間ズレてしまうこともあります。つまり、夜遅くに明るい部屋で過ごさない方がいいということです。
日本の住宅は、諸外国に比べて照明が非常に明るい傾向があります。リビングや寝室でも、無意識に明るすぎる環境で過ごしている。これが、知らず知らずのうちに睡眠の質を下げる原因になっているわけですね。
つまり、体内時計の仕組みを考えると、時差ボケを完全になくすことは簡単ではありません。だからこそ重要なのが、「朝はしっかりと明るい光を浴びること」、そして「夜はできるだけ強い光を避けること」です。こうした光のコントロールが、乱れた体内時計を整えるうえで非常に大切になります。
夜の訪れを告げるホルモン「メラトニン」
体内時計の話に続いて「メラトニン」というホルモンについて触れたいと思います。メラトニンは「睡眠ホルモン」とも呼ばれるもので、体内時計のリズムに従って夜間だけ分泌されます。このホルモンが出ている時間帯は眠りやすく、睡眠の質も高まりやすい。
ところが、このメラトニンの分泌は「光」によって簡単に止まってしまいます。しかも、非常に低いレベルの光でも影響を受ける。具体的には、わずか10〜100ルクス程度の光でも、メラトニンの分泌が50%以上抑えられてしまうことが分かっています。特に子どもは光への感受性が高く、夜間の照明やスマートフォンなどの影響を受けやすいと考えられています。
ちなみに、私の自宅のダイニングテーブルの照度は80ルクスほどで、しっかりと文字が読めるくらいの明るさです。一方、10ルクスというと暗い夜道の街灯の真下ぐらいで、かなり暗い。それでもメラトニンの分泌が抑制され、眠気が吹き飛んでしまうのです。
この眠気が吹き飛ぶというメカニズムも、最近の研究で分かってきていて、実はこれには「ドーパミン」が関係しています。例えば、寝床でいつまでもスマホをいじっていると、眠くならないままあっという間に1時間ぐらい経ってしまう。これは、脳内でドーパミンが分泌されて、眠気を誘う神経細胞の働きが抑えられている状態です。ちなみに、コーヒーに含まれている「カフェイン」も全く同じで、覚醒作用があります。
ただ、夜のスマホが全部悪いわけではなく、私に言わせればコンテンツ次第です。結論から言うと、眠くなる内容であればいい。SNSやショート動画、ゲームといったインタラクティブな操作を要求されるようなコンテンツだと、脳ではドーパミンの分泌が続き、覚醒状態が保たれてしまいます。その結果、脳がなかなか“睡眠モード”に切り替わらず、眠気を感じにくくなってしまうのです。
研究結果から生まれたオレキシン拮抗薬
一方で、私たちが30年近く前に発見した「オレキシン」は、覚醒を促す方の脳内物質です。オレキシンが欠乏すると、日中でも突然眠ってしまう「ナルコレプシー」という病気を発症します。
ナルコレプシーの患者さんには、非常に不思議な症状があります。例えば、笑いあったり冗談を言ったりした途端に、突然筋肉の力が抜けてその場に崩れ落ちてしまう「脱力発作」。これは、レム睡眠時の「体の脱力」が日中に出てしまう現象ですね。健常者ではあり得ないようなタイミングで居眠りをしてしまうという、重篤な患者さんにとっては大変な病気です。
このナルコレプシーの原因がオレキシンの欠乏であると、25年ほど前に私たちの研究で明らかになって、その働きを薬でブロックすれば眠りやすくなるという応用も可能になりました。結果として生まれたのが、オレキシン拮抗薬という新しいタイプの不眠症治療薬です。
代表的な薬には「ベルソムラ®」「デエビゴ®」、そして最近登場した「クービビック®」などがあります。これらは先に申し上げました“オレキシン受容体拮抗薬”と呼ばれるタイプの睡眠薬で、脳の「覚醒を維持する仕組み」を抑えることで自然な眠りを促します。従来の睡眠薬と比べると、依存や耐性が生じにくく、副作用が比較的少ない点が特徴です。
もし眠れなくて悩んでいる方がいらっしゃるなら、私は迷わずオレキシン拮抗薬をお勧めします。純粋に科学的・医学的な観点から、そのように推奨しています。
さらに近い将来には、オレキシンそのものを補う新しい治療薬の実用化も期待されています。これは、オレキシンが不足することで強い眠気が生じるナルコレプシーに対し、原因そのものに働きかける“根本治療”に近いアプローチとして注目されています。日本でも開発が進んでおり、第3相臨床試験が成功したという発表もありました。おそらく2026年には実用化されると思います。
起きている間に溜まっていく「睡眠圧」
私たちの脳の中には、オレキシンを含めてシーソーのようなスイッチングのメカニズムがあって、これによって覚醒、睡眠が切り替わっています。「恒常性制御」と呼ばれる仕組みです。
私はこの仕組みをよく「ししおどし」に例えて説明しています。起きている間に少しずつ水が溜まり、限界まで来ると「カコン」と切り替わって、眠りが訪れる。この蓄積された睡眠に対する要求を、専門的には「睡眠圧」と呼びます。
そして、睡眠中に“水が流れていく”――そのメカニズム自体は明らかになりつつありますが、この「水」に相当するものが具体的に何なのかについては、現時点ではまだ十分には解明されていません。
この謎を解明するために、私たちの研究室では日々、マウスを用いた基礎実験に取り組んでいます。具体的には、100匹以上のマウスの脳波を同時に測定できる特別な部屋があって、最初の論文が出るまで、実に8,000匹以上のマウスの睡眠データを蓄積し、解析してきました。
新しい睡眠脳波測定サービス「インソムノグラフ®」
こういったマウスでの研究を進めていく中で、私は「人間でも、同じような研究ができないだろうか」と考えるようになりました。
睡眠の状態を最も正確に測るには「脳波」を計測する必要があります。ただ、現在の標準的な睡眠検査、いわゆる「PSG(終夜睡眠ポリグラフ検査)」は、非常に大がかりなものです。頭から足の先まで多数の電極やセンサーをつけ、病院に一泊して測定する必要があります。そのため、普段とは異なる環境や装着による負担の影響を受けやすく、残念ながら“その人本来の自然な睡眠”を十分に捉えにくいという課題があり、とくに不眠症の評価には必ずしも適しているとは言えません。
さらに、検査キャパシティも限界があります。この検査が最も役に立つのが「睡眠時無呼吸症候群」という非常に重要な病気なのですが、治療が必要な中等症に該当する人だけで900万人近くいるにもかかわらず、実際に行われている検査は年間わずか10万件程度。圧倒的に足りていません。
そこで私たちは、「もっと簡単に、正確に、誰でも睡眠を測れる方法を作ろう」と考え、ベンチャー企業「株式会社SUIMIN(スイミン)」を創業しました。そして開発したのが、新しい睡眠脳波測定サービス「インソムノグラフ®」です。
この「インソムノグラフ®」は、重さのほとんどない使い捨ての極薄センサーを、おでこと耳の後ろに貼るだけで、睡眠中の脳波、筋電図、眼球の動きなどを測定できるという画期的な技術です。測定されたデータは深層学習AIによる解析によって、睡眠の質を30秒単位で可視化できます。
こちらのサービスは、医療機関を通じてお申し込みいただくと、レンタル機器がご自宅に届き、普段どおりの睡眠環境の中で測定を行うことができます。測定後は機器を返送するだけで、数日後に詳細な睡眠レポートが届く仕組みです。また、Webから直接お申し込みいただける体験プランも用意されています。
■株式会社SUIMIN(スイミン)
https://www.suimin.co.jp/
睡眠脳波計測サービス「インソムノグラフ®」による測定イメージ(画像引用元)
睡眠と自覚がズレる「睡眠誤認」
「インソムノグラフ®」のような技術を使って実際に多くの方の睡眠を測ってみると、ある興味深い現象が見えてきました。それは睡眠と自覚のズレ、つまり「睡眠誤認」と呼ばれる状態です。
簡単に言えば「自分では眠れていないと思っているけれど、実際はよく眠れている」あるいは「十分眠っているつもりが、実は眠れていない」というような、主観と客観のギャップです。
例えば、ある40代の女性は「眠れなくて困っている。脳波を図った晩も、朝の4時まで一睡もできなかった。2時、3時、4時に時計を見たから間違いありません」と強く訴えてこられました。
ところが実際に脳波を測ってみると、この方は実に健やかな睡眠を取っていたのです。深いノンレム睡眠とレム睡眠がバランスよく繰り返されていて、まるで20代の若者のような睡眠パターン。2〜4時に時計を見たと言っていた時間帯も、確かに一時的に目が覚めてはいるのですが、全体としてはとても質の高い眠りでした。
このデータをお見せして「あなたは、実はとてもよく眠れていたんですよ」とお伝えすると、彼女は目に見えて安心した様子を見せました。その後、不眠の訴えもなくなったそうです。このような方は、睡眠薬を飲む必要はありません。
実は、不眠を訴える人のうち客観的には一定程度は眠れていることが分かっています。もちろん本人が嘘をついているわけでも、思い込みをしているわけでもありません。実際の睡眠状態と本人の認識にズレが生じる現象を、「睡眠誤認」と呼びます。
本当に恐ろしい「睡眠時無呼吸症候群」
ここからが大事なんですが、逆に自分の睡眠に満足している人でも、自覚症状に関係なく4割の人に「睡眠時無呼吸症候群」が見つかったんですよ。そのうちの6人に1人は中等症以上で、治療を考えた方がいいほどのレベルでした。
これは、睡眠中に何度も呼吸が止まってしまう病気で、特に強いいびきをかく方に多く見られます。典型的には、仰向けで眠っている際に舌が喉の奥へ落ち込み、気道が塞がれることで呼吸が停止します。しかも、こうした呼吸停止は本人が気づかないまま、一晩中繰り返されていることが少なくありません。
無呼吸の重症度は「1時間あたりに何回呼吸が止まるか」で判断します。例えば中等症であれば、3〜4分に1回。重症となると、1分に1回のペースで呼吸が止まっています。
実際、私たちのサービスで睡眠を測定した方の中にも、「自覚症状はまったくなかったにもかかわらず、1時間に50回以上の無呼吸が起きていた」というケースがありました。この方はその後、標準治療である「CPAP(シーパップ)」を導入し、鼻に装着したマスクから空気を送り込むことで気道を維持しています。CPAP使用後の睡眠データは非常に安定しており、睡眠中の酸素濃度にも大きな問題は認められませんでした。
ところが、本人の希望でCPAPを外して測った夜のデータを見ると、睡眠中、何十回も呼吸が止まり、血中の酸素濃度が70%台まで低下していたのです。コロナ禍で話題になったパルスオキシメーターでは、90%を切ったら注意、85%以下は危険と言われています。もう、ICUに緊急搬送されてもおかしくないレベルです。
このように、無呼吸症候群は「命がけで眠っている」と言っても過言ではありません。無治療で放置していると、無呼吸による低酸素状態や血圧上昇が繰り返されることで、心筋梗塞や脳卒中、不整脈、大動脈疾患など、命に関わる病気のリスクが上昇するためです。 特に、1時間あたり30回以上の無呼吸・低呼吸がみられる重症例では、長期的な予後への影響も大きく、早期発見と適切な治療が極めて重要です。
また、「睡眠時無呼吸症候群は男性に多い病気」というイメージがありますが、女性でも更年期以降は患者数が大きく増えることが知られています。つまり、年齢や性別を問わず、誰にでも起こり得る身近な病気なのです。
「ソーシャル・ジェットラグ」が生む経済損失は年間1兆円
皆さんは「ソーシャル・ジェットラグ(社会的時差ボケ)」という言葉をご存じでしょうか。週末になって生活リズムが大きくズレることで、まるで時差ボケのような状態に陥ってしまう現象のことです。
例えば、平日は0時に寝て6時に起きる生活をしていると、睡眠の中央時刻は「3時」になります。ところが、金曜の夜に夜更かしして、土曜はお昼まで寝ていたとすると、たとえば朝2時に寝て正午に起きた場合、中央時刻は「7時」となります。このズレは約4時間にもなり、東京から中東へ移動した時と同じ程度の“時差”を、自ら作り出してしまっている状態です。体内時計が大きく乱れれば、睡眠の質だけでなく、体調にも悪影響が出るのは当然と言えるでしょう。
私は「ポケモンスリープ®」というアプリの監修も担当していて、ポケモン社と共同で大規模な睡眠データを解析しました。8万人以上、210万泊分という膨大なデータから、ソーシャル・ジェットラグと生産性の関係が見えてきました。
ソーシャルジェットラグがある人は、平日に慢性的な睡眠不足となっているケースが多く、実際に*プレゼンティーイズムのスコアが非常に高いことが分かっています。さらに、アプリのデータ解析から経済的損失を推定したところ、日本全体では年間およそ1兆円規模にのぼる可能性が示されました。
*プレゼンティーイズム:心身の不調を抱えながら出勤し、生産性が低下している状態
これは国家レベルの大問題なんですが、ポケモンスリープではこういったリサーチも可能です。
■Pokémon Sleep - 株式会社ポケモン
https://www.pokemonsleep.net/
「インソムノグラフ®」体験サービスと書籍の紹介
ここまで、長いお話にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
最後に宣伝です。株式会社S’UIMINが提供している睡眠脳波測定サービス「インソムノグラフ®」は、一般の方でもWebからお申し込みいただけます。“体験プラン”という名称ではありますが、精度の高い測定を行い、詳細なデータ解析や改善アドバイスをまとめたレポートを提供しています。ご自身の睡眠状態を客観的に知りたい方は、ぜひ一度ご活用ください。
■Web限定体験プラン - 株式会社S’UIMIN
https://www.suimin.co.jp/service/personal/basic
また、私が監修した書籍『今さら聞けない 睡眠の超基本』(朝日新聞出版)も、もしご興味あればぜひお手に取ってみてください。今日お話しきれなかった具体的な睡眠のノウハウなども、詳しく書いてあります。
■今さら聞けない 睡眠の超基本 - Amazon.co.jp
https://amzn.asia/d/iBoWCSv
ご清聴、ありがとうございました。
前編はここまで。次回の後編では、ゲストの柳沢正史さんと当社代表 林との対談内容をお届けします。
【後編】柳沢正史さんと当社代表 林との対談はこちら
「睡眠」と「ひらめき」の関係性 ― 睡眠研究の世界的権威と語る、研究のこれから
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